《MUMEI》
7.ナイアーラトテップ
ナイアーラトテップはうつらうつらとうたた寝をしながら、長い夢を見ていた。
それは数億年にも及ぶ、
銀河から銀河へと宇宙の深淵を越えて渡り歩く、想像を絶っする壮大な旅の記憶であった。
時に巨大な使命の重圧と孤独に押し潰されそうになる事もある。
そんな時には自分に使命を託してこの冷酷なる宇宙へ送り出した、偉大なる父アザトースの事を思い出すと、心が慰められるのだ。
偉大なる父アザトースは今も宇宙の中心で、
「あのけったくそ悪い奴」との戦いを続けている。
百三十六億年もの長きに渡る戦いを・・・・。
それに比べれば、自分の悩みなど何とも幼稚でちっぽけなものに思えてくる。
俺はただ、偉大なる父から与えられた偉大なる使命を真っ当するだけだ。
使命を無事に終了する度に、心は大いなる喜びに満たされ、その瞬間だけは深い孤独感を忘れる事ができるから・・・・。
使命は今までのところ常に順調に果たされて来た。
知的生命体が生み出した文明に干渉して争いの火種を撒き散らし、最終的にはその惑星文明を死に致らしめる戦争へと持っていく。
定まった形を持たないナイアーラトテップは、ある惑星ではその世界の最高権力者の秘書に成り済まして、巧みな讒言(ざんげん)・・・・敵国に対する悪い噂を吹き込んで、最終戦争への口火を切らせたり、ある惑星では神や救世主に成り済まして、破滅へと導いたりした。
この惑星に辿り着く以前、別の銀河に属する恒星系の惑星・・・・、昆虫型生命のもっとも進化した惑星では、もともと好戦的な種族の性格もあって、滅亡するまで終わる事の無い、戦いへ続く道筋を容易に作る事が出来た。
そうなれば使命は果たしたに等しい。後はその文明が断末魔の悲鳴を上げて息絶えるのを、高見の見物で眺めていれば良い。時折、苦悶する魂の
美味なご馳走を平らげながら・・・・。
そうこうしているうちに
自分達の住む太陽系の寿命が尽きたために、巨大な宇宙船団を率い第二の故郷を求めてさ迷うあ奴ら・・・・、天津神一族がその惑星にやって来た。
ナイアーラトテップは
無力を装い、惑星の他の怪物達と共にそいつらに捕らえられる事にした。
ていのよいヒッチハイクだ。
文明が発達している種族ほど自分に自信を持っている・・・・裏を返せば傲慢になり他を見下す
傾向も強いので、その心理を手玉にとってやれば良いのだ。
奴らの自尊心をくすぐるために「抵抗したが敵わず囚われの身となった敗者」を演じて、裏では舌を出す事など児戯(じぎ)に等しかった。
後は新しい狩り場へ奴らが運んでくれるまで、のんびりうたた寝をしながら待てば良い。
また閉じ込められている
パンドラ空間は、逆から見ればアザトースの勢力と対立する、「あのけったくそ悪い奴」の仲間から、己を守る隠れ家の役目をはたしてくれてもいた。
この惑星へ辿り着き、移民も完了して文明が安定を見せ始めた後、ちょうど良い頃合いをみはらかって、ナイアーラトテップは強力な精神波で、天津神一族最高の権力者ゼウスの精神に干渉し始めた。
パンドラの封印を解いた事をゼウスは自分自身の意志で行ったと思っているが、全てはナイアーラトテップの精神操作によるものだ。
そして高天原大戦の布石さえナイアーラトテップが打ったものだと知れば、彼らはどう思うだろうか?
ナイアーラトテップは心地良いうたた寝の中で、微かな嘲笑を漏らす。
と・・・・、先程からその中に外界からの耳障りな雑音(ノイズ)が侵入して来ていた。
意識の底の微かな警戒信号・・・・。
ナイアーラトテップは心地良い闇の寝床で身をよじると、ゆっくり覚醒した。近くに食べ物の「気」を感知したので、触手を伸ばしてさっそく朝食を楽しんだ。
「エサ」の恐怖のスパイスにグルメっぽく舌鼓をうちながらも、寝床の側にやって来ている奇妙な「気」を放つ奴にはとうに気付いている。
(妙な奴だ・・・・)
天津神一族でも国津神一族でも無いそいつの正体に、ナイアーラトテップは興味を覚えた。
(やれやれ・・・・起きるとするか)
ナイアーラトテップは久しぶりに寝床から這い出
るために、巨大な身を起こした。

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