《MUMEI》
3 オニゴロシ
 館内の様子が明らかに変わったのは翌日の事だった
時間どおりに食事を運んできていた執事の姿がこの日はなく
館内も妙に静まり返っている
「……何か、変だな」
高宮もその異変に気付いた様で
鍵もされる事もなくすっかり出入り自由となってしまっている部屋の戸を開け外へ
出てみれば、そこには
床一面に広がった血溜まり、そしてその彩りに塗れる少女の姿があった
「なんの騒ぎだ?」
どう見ても普通ではないその状況に様子を伺っていた小澤達
少女は徐に小澤達へと歩み寄り
間近まで近づくと、突然に刃物を突き付けてきた
「……鬼に、なりなさい。小澤 子規」
そう求められ、だが小澤は返答する事はせず
「これ、お前が殺ったのか?」
漸く返したかと思えば全く別のソレで
脚元に転がる肢体を蹴って青向けてみれば
ソレは少女の執事らで
皆仮面が砕け、人ではないその面を晒している
「……私は、殺したの。でも、駄目だった。何も、変わらなかった」
一体、何をどう変えたかったのか
現状からは何一つ理解出来ず、小澤は怪訝な顔
漸く変わった小澤の表情に、少女は満足そうに笑みを浮かべて見せる
「もう終わりよ、全て。全てを終わらせることができるの」
まるで長い間それを切望していたかの様な物言い
覚束ない足取りで小澤へと近く寄り
そして血塗れの手で小澤の頬へと触れてきた
触れてきた指先から、はっきりと聞こえすぎる少女の鼓動
やはりそれはヒトのものでは無く
死に逝く事を急く様な早い音色
一度耳にしてしまえば、それは耳に残り
酷い違和感が小澤を苛み始めた
「……やはり、あなたは鬼になれる」
ソレまであまり感情を顕わにする事のなかった少女が歪んだ笑みを満面に浮かべ
小澤へと顔を近く寄せ、唇が触れる寸前まで近づいた
触れてしまう、寸前
「……随分と面白そうなことしてるじゃない」
小澤の肩を背後から伸びてきた手が掴む
軽く惹かれる様なソレに向いて直ってみれば其処に居たのは由江
その表情は明らかに普通ではないソレで
小澤を引き寄せると強引に唇を重ねる
「……アンタを殺すのは、私よ。小澤 子規」
小澤の唇へと付いてしまった口紅をその細い指で拭いながら
由江は少女へと向いて直った
「……由江 奈々。貴方が、私を殺すの?」
「誰でも、いいんでしょ?殺せるなら」
薄ら笑いを浮かべる由江
差し向けられた刃物に、だが少女は動じる事はなく
無表情なソレを由江へと向ける
「……あなたには、無理」
「何故?」
「あなたは、まだ完璧に鬼に堕ちてはいないから」
嘲笑を浮かべながら、少女は瞬間に姿を眩ませ
そして現れたかと思えば小澤の背後にいた
細い腕を回され、抱きしめられてしまえば
直に、少女の鼓動を感じてしまう
「この音を、聞いて。そして、鬼に堕ちるの。私の望みを、叶える為に」
段々と大きく鳴り響く心音
一際大きく、その音が鳴った、次の瞬間
小澤の背後、倒れていた筈の執事が徐に起き上がり
手にしていた刀で小澤の腹部を刺し抜いていた
否応なしに感じてしまう激痛
その所為で逆流してきたらしい血液が口元を伝い落ちる
「……痛い、でしょう?苦しいでしょう?ヒト何てやめてしまえばそんな煩わしさなんて無くなる」
「……」
「鬼に、堕ちなさい。私を殺して、此処から出たければ」
此処に入ってからこっち、生きて出たいなどと思った事はなかった
むしろ此処で野垂れ死んだ方が潔がいいかもしれない、とまで考えて
小澤は嘲る様な笑みに肩を揺らす
「……俺は別に、出たいなんて思ってない」
「何故?此処にいれば、あなたは何れ死ぬわ」
死ぬ事など、恐れはしない
だがこのまま黙って殺されてやるほど、小澤とてモノ好きではない
全ての感情が一気に自身の中から失せて行く感覚
ソレに伴い、小澤の眼が真紅へと染まっていった
赤よりも更に深い朱
「そう、ソレでいいの」
愉悦に満ちた笑みを浮かべ、小澤の頬へと手を伸ばせば
引き寄せられ、唇を兼ねられ、口内を犯される
小さな唇と舌でのそれは、大人びた雰囲気とは相反して拙く
小澤は飽きたのか、途中少女の身体を軽く突き飛ばし、距離を取った
「……私を拒んでも、何も変わらない。変わらないの」
自らを気絶する小澤へ

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