《MUMEI》
本当のこと
ズボンのポケットに手を入れて

道を戻っていく侑に手を振りながら

侑くんが笑った、と思う。

何度も叩かれないよって

悪戯した子供みたいに楽しそうに笑って―――

芹奈は手を止めた。 何度も、って?

不思議に思って、あ、と声がこぼれる。

さっき電車の中で、彼の背中や腕を何度も叩いた。

もう駅に着いたのに、侑は立ったまま眠ってしまっていて

このままじゃ寝過ごしてしまうと慌てて。でも


……起きてたんだ


あの時本当は、侑くん、ちゃんと起きてたんだ。

それでも「乗り過ごした」と言って

その「ついで」に、こうして家まで送ってくれた。

芹奈の視線を感じたのか、侑が肩ごしに首をめぐらせた。


目が合うと、「早く入りなよ」とゆうふうに

目線で芹奈の家を示して、また夕闇の道を歩いて行く。

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