《MUMEI》
指輪
「…綺美」
 運動部にしては白い手が机に触れた。その小指にシルバーのピンキーリングが通っているのを、僕は少しドキッとしながら確認する。
「その指輪」
「ん、なぁに?」
「指輪、いつから?」
「……あぁ」
 綺美はやっと気づいて、自らの左手を動かしてみせた。
「お母さんからもらったのよ。若い頃付けてたのをくれたの」
「ふぅん…」
 僕は、手の中のカップアイスにスプーンを突き刺した。
「あ、またやってる。アイスクリーム殺人事件。きゃあ怖い」
 綺美が、何だか抑揚のない声で言った。いや、まぁ奇怪なことをしているなぁとは思うけれど、これがまた快感なのだ。
「幼稚な。ミステリーの女王を超えろ」
「意味わかんないわよ」 
「意味わかんなくていいよ」
 僕はへにゃりと笑った。窓から差し込む日差しはひどいくらいに強くて、袖をまくった腕が焦げてしまいそうだ。
「…ねぇ、あたしもアイス食べたい、あーん」
「バカ」
「いいわよ別に、スプーンはそれで。間接キスでもいいからちょうだい、はい、あーん」
 綺美は、リップグロスを塗った唇を小さく開けた。
「バカ」
 僕はもう1度言って、綺美の額を軽く叩いておいた。
 夏休み前最後の水曜日。
 暑い。
「ねぇ、アイスの沸点は何℃?」
「100℃」
「じゃあ脳みその沸点は?」
「…100℃?」
「ふぅん。結構脆いんだ」  
 

 
   
 
 
   



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