《MUMEI》

少女は何故か満面の笑みを浮かべて見せる
そして不意に、その姿が視界から消えて失せた
一体何所へ行ったのかと辺りを見回してみれば
その姿は由江の背後
現れた少女の姿はゆらり揺らめき、そして段々と別の何かへと変化して行く
「……っ!?」
その姿を首を巡らせ見た由江は酷く驚いた様な顔で
暫く身動きはおろか、呼吸することすら忘れていた
「……どう、して?」
「奈々、お願いだ。あの男を殺してくれ。俺を殺した、あの男を――!」
求めるかの様に由江の頬へと伸ばされた手
由江はそれまでの警戒心をいとも容易く解くと、その手を握り返した
少女が模ったのは、由江にとって尤も大切だった人物
その姿を借り、少女は由江へと甘く呟く
「奈々、あの男を、殺してくれ」
一語一語、嫌という程はっきりとそれは聞こえ
由江は動揺に身体を震わせ始めた
「……拓、也」
「奈々。俺の為に、あの男を」
由江の手へと刃物を握らせ、その背を押しやる
その弾みで小澤の前へと転びそうになりながら出てしまえば
その勢いを借り、唯江は刃物を差し向けてくる
その表情は明らかに常軌を逸していた
それは愛しいモノに再び会えた歓喜か
それとも、その口から紡がれる残酷な仕打ちに従おうとしている己が狂気か
小澤にはそのどちらにも見える気がした
不憫な女だと心中で思う、同時に不憫だとも
結局は(殺す)という行為には何も利はない
憎しみばかりが積りに積もり、その内自制が利かなくなる
自らを手放してしまったヒトが堕ちるのは外道
その先には唯々、朱い何かが見えるばかりだ
「……別に、ヒトでなくなっても、構わないのよ!私はどうせ一人なんだから!!」
目の前に入る人物が、嘘偽りだと理解はしている
それでも触れられる実態が其処に在って、由江は段々と混乱しているかの様に見えた
その様を男の姿を借り楽しげに眺め見る少女
背後から由江を抱き込み、刃物を握る由江の手に己がソレを重ねる
「……人を殺す事は、恐い事じゃない。死ぬ事は、恐いけれど」
まるで見てきたかの様な事をその耳元で呟き
由江が何かを言いたげに少女の方を見やる
だが聞いてやる事は敢えてせず、少女は柔らかな笑みを浮かべて向けると
由江の身体を小澤の方へと押しやった
「奈々。俺の、仇を」
ソレが、最後のひと押し
由江はすでに自我を保つことを放棄してしまったのか
その言葉に、ふらりふらりと従う
だが途中、唯江の脚がピタリ止まった
そしてすぐ後にその脚元に広がり始める血溜まり
一体何が起きたのか
由江自身解らず、見る事をしてみれば
自身の背後から、何故か刃物が突き出ている事に気付く
背後から刺されたであろうソレに振り返ってみれば
「し、ずる……?」
高宮が、立っていた
その手には刃物。流れ出た由江の血がその刃物を伝い高宮の手を汚す
「こいつに手出すなよ」
由江の血を煩わしげに服で拭うと、そのまま刃物を手荒く引き抜く
ずるりとした感触、更に流れ出る血液
重たげな音を立て崩れ落ちる由江の身体
ソレを高宮は受け取るでもなく、唯感情なく眺め見るばかりだ
「次は、お前」
段々と歪んだ笑みを浮かべる高宮
その表情は、小澤の脳裏にあの瞬間を思い出させた
眼の朱がその色を増し、身体が自分の意識を離れ勝手に動く
居間が、殺るべき時だ、と
少女にばかり気を取られている高宮、その隙だらけの背後へと素早く回り
身体を抱きすくめてやりながら、こめかみへと銃口を宛がった
「……先にこっち片づけてからだ」
「なら、さっさと殺れ」
「アンタとは、ゆっくりと殺し合いたい。だからもう少し、な」
まるで幼子にでも言い聞かすかの様にその声色は柔らかい
重ねられる唇は互いに温かく、自分はまだ生きたヒトなのだと実感する事が出来た
「……ほとほと歪み切った関係ね」
それでも全く構わなかった
少女の嘲笑混じりの声に、小澤達はどちらからともなく笑みを浮かべて見せる
もうじき、全てに片が付くのだから
「……その憎しみを、私にも向けて。私を、殺して」
穏やかな笑みを浮かべる少女
その姿が段々と歪に変わり始め、人ならざるモノへと成って行った
「……鬼囃子が、煩いの」
まず歪み始めたのは、顔

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