《MUMEI》
来る…来る…
「え…ちょ、ちょと待ってよ!私じゃない!!」

「わ、分かってるよ!」


司と美樹の声が揃う。

口では微塵も疑っていない様な言い方をしても、動揺は隠しきれない。
実際は“もしかしたら”と一瞬でも思ってしまったからだ。

確かに今の井上の言葉は信憑性に欠けているが、彼の怯えようがそう思わせた。

「来る…来る…」


井上はそう言いながら、今度は後退りし始める。
しかし優香は一歩も動いていない。


それで気付いた。


井上は優香を見ているのではないと。

優香よりもっと後ろの方、どこか遠くの方を見ている様だった。


「来る…来る…」


支えてくれている洋平を巻き込んで、井上は更に後退りする。しかし優香の背後には誰もいない。
つまりは、何もない空間に怯えているのだ。


「何が来るって言うんだよ?」


司も美樹も、そして優香も辺りをキョロキョロ見回している中、洋平だけは一点を見つめていた。



「お前ら…アレ、見えねぇの…?」

「アレって?」



「あ…あそこにいるだろ…?」


洋平は井上を支えながら、ゆっくりその場所を指差した。






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