《MUMEI》

その反応が子供の様だとでも言いたいのか
相手は肩を揺らしながら木橋を車の中へ
住所は何所かを聞かれ、仕方なしに答えて返せば
相手はその通り車を走らせ始めた
「酔いは、少しは覚めた?気持ち悪くない?」
「……平気」
気持は、悪くない
ソレが木橋にしてみれば不思議だった
男に襲われかけたというのに嫌悪感が湧かないのはなぜなのか
車の揺れに眠気を引き出されながらそんな事をぼんやりと考える
「眠い?なら、眠っててもいいよ。大丈夫、今日はもう何もしないから」
「今日(は)?」
言い方に引っ掛かりを覚え、聞き返してやれば
だが相手はそれ以上何を答える事もしなかった
「はい、到着。立てる?」
木橋宅前に到着し、車を止める
先に降り、木橋へと支えてやるかの様に手を差し出してくる相手
頼ってなどやるものか、とそのまま立ち上がろうとした木橋を
相手はそれを予測していたのか、木橋の腕を取っていた
「強情張らない。素直に頼る」
「なっ――!」
またしても横抱きにされ、木橋の自宅のあるマンションへと入っていく
こんな姿を誰かに見られでもしたら、どう弁解すればいいのか
ひどい動揺と酔いに、頭が思うように物事を考えてはくれなかった
「何か、難しい顔してるね。どしたの?」
「……別に」
「折角綺麗な顔なのに。そんな顔ばっかりだと眉間、本物皺になるよ」
眉間を指先で強くされながら
余計な御世話だ、と言って変返そうになるのをぐっと堪える
家に着くまでの辛抱だ、と大人しく、身をp委ねる事に
「……お前、何か目的でもあんの?」
「目的って?」
向けられるその表情は、全く企み事などなさそうな顔
本当に善意だったのだと、理解、納得する事ができた
「……変な奴」
ぼそり呟けば
相手は聞こえているのかいないのか、うっすらと笑みを浮かべてみせるばかりだ
何となく小馬鹿にされている様な気になり
どうにかしてこの男に報復してやりたいと思案し始める
そこで木橋が標的と定めたのは
抱えられているが故に間近に見る事が出来る相手の喉元
仕返しだと言わんばかりに襟ぐりを強く引くと
その勢いを借り、喉元へと噛みついていた
成るべく痛みを感じる様にと強く噛みついたつもりだったのだが
「……くすぐったい。何か、猫に舐められてる気分」
経験の差なのか、全くその意図が伝わらず
木橋は自身がしてしまった事に今更に恥ずかしさを覚え顔を紅く染める
「初な反応。本当、可愛い」
この男は恐らく眼か脳みそが腐っているのだろう
そうでなければ自分の事を可愛いなどと思う筈もない
「……馬っ鹿じゃねぇの!!」
腹立たしさなのか、それとも照れなのか
解らない感情に支配され、木橋はソレを誤魔化そうと取り敢えず喚き散らす
尤も単純な悪態をついてやれば
相手は微笑とも苦笑ともとれない表情を浮かべて見せた
「それだけ元気なら大丈夫そうだ。じゃ、俺は帰るから」
またね、と手を振りその場を後に
段々と見えなくなって行く車を唯呆然と眺め
その姿が完璧に見えなくなったのを確認すると
木橋は表戸の鍵を開け中へ
三和土に膝を立てて座り顔を立てた脚の間に埋める
「……何、期待してんだよ」
相手の仕草、言葉、その全てが思い出され
段々と動悸がひどく、激しくなる
今まで経験したことのない感覚に動揺し始めてしまい
自室へと足早に戻り、ベッドへと突っ伏していた
「広也?帰っているのか?」
戸をノックする音
どうやら父親が帰ってきたらしく、木橋はゆるり身を起こし戸を開く
「……何だよ?」
何用かをと尋ねてみれば、書類の束を差し出された
眼を通せという事なのだろう
木橋は無言でそれを受け取り、そのまま戸を閉めるとまたベッドへと仰向けに寝そべる
受け取った資料をその体勢のまま読み始めれば
「……共同プロジェクト?」
それは以前から聞かされてはいた事業の資料
眼を荒方に通して見れば他社との共同でのそれの様で
だがさして興味など持てず、資料を床へと放り置く
「……寝よ」
今はあれこれ考えたくはない、と
木橋はうつ伏せに体性を帰ると、そのまま寝に入ったのだった……

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