《MUMEI》

人形の様に整っていた顔立ちは見る影もなくなり
その眼は充血し、口の端からは鬼の様な牙が覗く
「……嫌、やめて!この音を、誰か止めてぇ!!」
トン、トトン、トン
コレは、少女の心臓の音か
音はより大きく、鼓動は早く
少女の姿は完璧にヒトのソレからは逸していた
「……狂って、しまう。私は、(私)である内に死にたかったのに!!」
目の前の状況が、上手い具合に呑みこめない
今、自分が見ているのは一体何なのか
現実離れした現状に、解る事の出来る事など何一つなかった
「殺して。私を、殺してぇ!!」
トン、トン、トトン
よくよく聞いてみれば、その心臓の音はまるで鼓のそれ
最早おも影の全く残っていない顔を涙で更に崩しながら少女は訴える
縋る様に、乞う様に伸ばされる手
ソレを、取ってやる高宮
だがその手は救いに伸ばされたソレではなく
「……一番歪んでんのは、お前だろ」
少女を殺そうと、銃を握っている
引き金へと指を掛ければ、途端に少女の顔から表情が消え失せた
「……歪ませたのは、あなた達じゃない」
声からも感情が消え、耳に凍える様なそれ
向けられた銃口に、怯む事無く高宮へと迫り寄る
「離して、あななた達はそのためのオニなのよ!!」
歯をむき出し。感情も顕わに喚きだす少女
ヒトは、これ程まで堕ちる事が出来るのか、と
見ていて、憐れに思えてならなかった
「……ヒトの中には、邪が潜む。貴方方がその良い礼なのではないですか?」
背後から不意に声が聞こえ、振りかえってみれば
其処には死んだ筈の執事が一人、血塗れのまま立っていた
「……お嬢様は、長年人の憎悪の念に晒されてきた。その結果、感情が歪み、お嬢様はご自身の中へオニを住まわせてしまった」
語り始めたのは、この館の始まり
最初は在任の身請けをし、使用人として使っていた
だがその量が日ごとに増していき
収拾がつかなくなり、どうしたものかと考えた末
この様な場掛けた殺し合いの場を設けたらしい
「……終わらせてあげて下さい。貴方方の手で」
言葉も終わりに察し出してきたのは、日本刀
それは随分と古いものなのか、至る所に乾いた血がこびり付き刃が錆てしまっている
受け取ってみればそれは結構な重さで
斬る為の獲物ではなく、重みで押し粒それの様に、小澤には感じられた
トトン、トン、トン
音は更に大きく響き
ソレに比例し、少女はヒトとしての理性を完璧に失いつつあった
このまま放り置いても(ヒト)としての死は確実
執事の言葉通り
ヒトとして殺してやった方が、それが少女にとって最後の幸福なのでは、と
小澤は刀を握り返し、腰を低く身構えた
「まだ、駄目。貴方はまだ、私の望む鬼に、なってはいない」
ソレまで苦しみもがいていた筈の少女
歪んでしまった表情はそのままに、口元には笑みを浮かべて見せる
喉の奥から段々と引き攣った様な笑い声を出し始め
何を思ったのか、素早く身を翻した
「お嬢様!どちらへ!?」
屋敷の表戸を開け放ち、少女は素足のまま外へ
その跡を執事は追い、小澤はその後ろ姿を唯眺め見ていた
「追わねぇの?」
高宮の声に、だが小澤は返す事はせず
近く寄って来た高宮の肩を掴み上げ、引き寄せ喉元へと歯を立てた
「……っ!」
肉を食い千切ろうとするかの様なソレに喉をそり痛みに絶える
血が流れる感触と、それを啜る息使い
高宮の血で赤く染まった口元で、小澤は歪んだ笑みを浮かべた
自身が、人ではないソレに堕ちて行く
もう少し、あと少し
ヒトとしての箍が外れ、小澤の内の鬼が完璧に顔を出す
「そ。その顔が見たかった。俺に狂わされるアンタの顔。あの時と同じ、俺が好きな顔」
(あの時)
その言葉に、小澤は我に帰る
歓喜に歪む高宮の表情も、この感覚も、(あの時)と同じ
ヒトを殺したいと思う程に憎んだあの時の、感覚と
「……っ!」
目の前に朱の広がりを感じながら
小澤は高宮の唇を衝動的に塞いでいた
呼吸すらままならないそれに高宮はもがく事を始める
「……ま、だ、だって!」
何とか小澤の腕を振りほどき距離を取る
口元に伝う唾液を手の甲で拭いながら小澤を睨みつけた
「……そう、だったな」
事は全てを片してからだ、と小澤は身を翻し

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