《MUMEI》

解る筈も、その術もない市原はどうする事も出来ず
迫りくる影に食われる、その瞬間を唯待つしかなかった
何故、どうして自分が
考えても無駄だろう事を考えてしまった、その直後
途端に頭の中が靄が掛ったかの様な白濁に覆われた
何もない、真白
段々と薄れていく意識の中
市原は其処に一本、灰色の筋の様なソレをみた
「……さ、かい?」
そこから広がって行く、灰の色
自分さえもその中に消えていくのでは、とそんな感覚に陥り
もういっそそうなってしまいたい、と手を伸ばす市原
「……これが、境」
今、自分自身を苦しめて居るモノ
コレさえ無ければ、元々存在しなければ、こんな眼に合わされずに済んだのに、と
薄い意識の中、ソレをどうにか消してやろうと手を伸ばす
そして、その指先が灰色のソレに触れた次の瞬間
その色が、辺りに広がり始める
「嫌、だ。嫌――!」
何もかもがあやふやになっていく中で
自分自身が其処にあるという実感すら希薄になっていく
誰か、助けてほしい
求めるがままに伸ばした手
何もない筈の其処で、その手に何かが触れてきた
「……焔を、救ってやって」
ソレは余りにか細く、頼りのない声
だが触れる事の出来るソレに温もりを感じ
市原は僅かだが安堵を覚え、ホッと息を漏らす
すぐ目の前にひなたの顔が近く寄り
何かを求めるかの様に市原の頬へと手を触れさせた
「これ以上、苦しむあの子を、見ていたくない。だから」
あの子
まるで自分の子の様な愛おしげな響きを持つソレに
どういう事なのかを市原は震える声でなんとか問うていた
「……焔は、私の影から生まれた子だから」
相も変わらず感情のあまり籠らない声が淡々と語り始める
「……あの子を半端者にしたのは、私。だから、あの子を正すのも私なの」
市原の頬へと、何かを求めるかの様に手を伸ばし
すぐ後、ひなたは何かを憐れむかの様に顔を伏せると
その姿はゆらり歪む
「……私は、影に染まり始めているの。随分と、昔から」
呟いたひなたの足下、広がり始めたのは影
ソレは徐々に、ひなたの身体までも覆い始めていた
「……陽も影も、常に同じでは居られない」
陽は遮られ、影はソレにより消える
陽が陰るあの瞬間、影が歪に歪んで見えるあの時がとても怖いのだ、と
ひなたは顔を伏せてしまう
自分は一体どうすればいいのか、何を求められているのか
市原はその答えを求めるかの様にひなたへと手を伸ばした
「……境に、なってくれる?」
切に、それを望む様な表情
腕を取られ、ひなたの腕に抱きしめられてしまえばもう何も考えられなくなる
それで全てが終わるのなら、と
自らの意識を手離すかの様に眼を閉じた
「……良い子ね。有難う」
市原への感謝の言葉をその耳元に呟き
ひなたは力の抜け落ちた市原の身体を強く抱きしめていた……

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