《MUMEI》

 「ひなた。こんな処に隠れて居たんですか」
ゆらり揺らめく、境の刻
市原と二人しかいなかった筈の其処に、焔が現れた
その姿は随分と不安定で、見るに憐れになってしまう程だった
「……私の影として生まれていなければ、あなたは普通に居られたかもしれない」
細く、まるで一人言の様に呟いたひなた
一方焔はひなたのその言葉を理解しかねているのか怪訝な顔
構わずひなたは更に言の葉を紡ぐ
「……解らないの?アナタは、私の影。私という日向の元に出来た日陰」
「俺が、あなたの影……?」
「そう。ほら」
そう言って日向が指差したのは脚元
其処には陽の傾きで長く伸びた影があって
互いのソレに境はなく、その影はぐしゃぐしゃに混じり合っていた
「これは……」
「影は、ヒトが、モノが其処に在る証拠。私の影である貴方には、それが無いの」
ソレを、抑揚のない声で指摘してやれば
焔は僅かに表情を強張らせ、だがすぐに不敵な笑みを作り、その面の皮へと貼り付ける
「……あなたは本当に残酷な事を言う」
「けど、それは事実」
いくら否定してみた処で何も変わらないのだと続けてやれば
ソレまで焔の表情にあった微笑が、途端に消えて失せた
「……あなたは賢い人だ、本当に。その賢さが、今となってはとても憎いです」
言葉も終わりに歪み始める焔の脚元
影が段々と湧きだし、そして影凪が姿を現す
現れたその姿は以前見た獣ようなそれではなく随分と朧げで
その影の奥、日向は影早と少女の姿を見る
「影は、重なりあえば更に深くなる。堕ちればもう戻れない」
「そうさせたのはひなた、貴方です」
「解ってる。だから私も、消える。だから焔、貴方も」
「……俺に、貴方と共に堕ちろとでも?」
本気なのか、と嘲笑を浮かべる焔へ
ひなたは小さく頷いて返し、焔へと手を差し出した
「一人は、寂しい。だから焔、一緒に」
「……貴方から、寂しい何て言葉が出るとは想わなかった」
「意外?でも、この気持は昔から私の中にあった。そう、あなたが(焔)として現れた頃から」
まるで自分の中の一部が欠けてしまったかの様に喪失感を覚えながら
だがヒトとしてその存在を傍らに感じ、安堵を覚える
その複雑な感情が、ひなたに寂しいという感情を抱かせていたのだ
「貴方の言葉に、従いますよ、ひなた。でも、その前に」
言葉も途中、焔は意識なく倒れたままの市原へと視線を向け
「……アレは、どうするんですか?」
ひなたへと問うていた
ひなたは市原を一瞥するとゆるり首を横へ振る
「あれはもう、ヒトじゃない。唯、境として其処に在るだけ」
暫くすれば全て消えるから、とのひなたへ
焔は一言、そうですかを返していた
「いきましょう、焔」
「……はい。ひなた、貴方と共に」
ひなたに手を引かれながら
焔は成されるがままに、その場から姿を消したのだった……

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