《MUMEI》
妊婦さん
帰りの電車で見つけた侑は

座席に座って本を読んでいた。

何を読んでいるんだろう。

睫毛をふせた目が文字を追っていき

少しすると、長い指がぱらりとページをめくる。

芹奈は離れたところからその様子をながめていた。


声はかけず、車両の端のドア近くにある

銀色のポールに背中をくっつけて、ただ彼を見つめた。

《まもなく東(あずま)ー、東ー》

電車が停まりドアが開くと、乗客がぞろぞろと乗りこんできた。

その中に、おなかの大きな妊婦がいた。

あわいピンク色のワンピースを着た、まだ若い女性だ。

座席はもう埋まってしまっていて

ハンカチで頬の汗をふきながら

その妊婦は侑の座席の近くに立った。

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