《MUMEI》
1
 「……お前、何してるんだ?」
それを見つけたのは、本当に偶然だった
買い物からの帰り、近道をしてやろうと通った裏道
その脇にある側溝に、それはすっぽりと嵌っていた
「……外れないのか?」
嵌っていたのは、小太りの猫
何とか自力で抜け出そうともがいているその猫の様に
見るに見兼ねたらしい乾 悟は、溜息をつきながらも猫を其処から助け出してやる
「もう嵌らないように、気を付けろよ」
ふさふさとした頭を撫でてやると、乾はそのまま帰路へ
途中、差し掛かった交差点がその信号を赤へと変え
立ち止まった、次の瞬間
目の前が、突然に歪む事を始めた
何事かと辺りを見回してみれば
一瞬にして、辺りは黒い何かに覆われた
何が起こっているのか
現状理解が出来ないままに影は乾さえも覆い始める
「何だよ、これ……!?」
全てを覆い尽くされてしまいそうな恐怖感に
乾は慄き、後ずさってしまった
次の瞬間
「……また性懲りもなく沸いて出てきたか」
目の前に、あの猫の姿が
まるで人の様に言葉を操りながら、乾を庇うように立っている
「猫、お前……」
確かにその猫から発せられた声に驚いてしまえば
猫は乾の方を向いて直り、乾の指先に歯を立てていた
細い血筋が流れだし、それを猫が舐めとれば
その姿が丸っこい人形の様なそれから変化していた
「……標糸の糸さえ辿れんか。哀れだのう」
大凡猫とは思えない大きさに、二つに分かれた尾
その全てに驚き腰を抜かしてしまえば
猫はヒトのソレの様な笑い声を漏らし
ゆるり口を開くと、迫りくる影を食み始めた
喉を鳴らしながら全てを飲み込むと、後に広がるのは静寂
元通り、静かな其処の景色だった
「何、だったんだ?今の……」
目の前で起こった事だというのに現実味がなく
暫く動けずそのままでいると
「怪我はないか?人間」
その膝の上、小太りな猫の姿に戻ったソレが乗ってくる
まるでヒトの様に溜息をつきながら、人語を操っている
「……お前、何者なんだ?」
当然に問うてしまえば
猫は呑気に毛づくろいをしながら、ちらり乾の方を見やる
「まぁ、こんな処で立ち話もなんだ。お前の家に連れて行け」
突然の申し出に、瞬間躊躇した乾だったが
結局有無を言わさぬソレに負け、その猫を家へと連れて帰る破目に
家族にばれない様、こっそりと自室へと入っていく
「……で?結局お前、何者なんだ?」
ベッドに向かい合う様に腰を下ろし
凄む様に問い質してみれば猫はその丸い目を弓なりに細め
そして溜息をつくとゆるり話す事を始める
「……儂は五月雨。猫又だ」
言葉と同時に五月雨は後を向いて見せる
一体何なのか訝しげに眺めてみれば
短いその尻尾の先が二つに分かれているのがしれた
「……変わったしっぽしてるんだな。お前」」
小さく左右に揺れるソレに触れてやれば
くすぐったいのか、五月雨は乾のその手から逃れようと身を捩る
「……緊張感のない奴め」
あからさまに呆れた様なソレに
何の事を言っているのか、と乾は五月雨をまじまじと眺め見る
「……ヒトの影が、歪んできているか」
「は?」
暫くの間の後、漸く話し始めたかと思えばその意味は解らず
怪訝な顔をついしてしまえば
「わっからん奴だのう!お前もついさっき見たろうが!」
行き成り、怒り始めてしまった
先に見たもの
五月雨が言って言うのが先の影だという事に
乾は暫くして気が付いた
「……あれ、結局何だったんだよ」
改めて問うてやれば、だが五月雨はソレに答えてやる事はなく
乾へと指を出す様唐突に言って向けた
「……?」
その意図が分からず、躊躇していると早くと急かされる
仕方なく人差し指を差し出してやれば
五月雨が唐突にソレへと歯を立てた
微かな痛みの後、細く流れだす血液
ソレを五月雨がその小さな舌で舐め始めたかと思えば
その姿が瞬間に変化していた
部屋を埋め尽くしてしまいそうな程巨大な体躯
乾を見下ろすその眼光は鋭く
先までの人形の様なソレとは全く違っていた
「……お前」
「教えてやる。行くぞ」
言うや否や、五月雨は自身の背に乾を乗せ
窓から外へと飛んで出る
突然眼下に広がる街の景色その高さに驚き、そして
「……何であっちの方あんなに暗いんだ?」

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