《MUMEI》

「……な。最後に、キス、くれよ。それ位、いいだろ」
口元に紅い筋を垂らしながら、それを切に願う
小澤は何を返す事もせず、無表情で高宮を見下ろしながら
ゆるり唇を重ねてやった
「……ありがと。ごめんな」
血が外へと流れれば流れ出る程、高宮の体温は身体から退いていく
既に冷え切ってしまった指先を、小澤は口へと含み舌を這わせた
ソレがどういう意図を持ったものなのか
小澤自身にも解らなかった
意外にも呆気のない幕引きに、暫くそのまま立ち尽くしていると
「……お疲れ様でございます。小澤様」
手を叩く音が不意に背後から聞こえ
向いて直ってみれば其処に、死んだ筈の執事が立っている
「……化けモンか。テメェは」
血塗れのまま、平然其処にある執事へ
つい愚痴る様に言って向ければ
「はい。貴方と同じ、鬼ですよ」
仮面は砕かれ、その人ならざる素顔が笑みを浮かべているのが分かる
見ているに不愉快にしかならないそれに
小澤は何を返す事もせず、そのまま身を翻す
「此処から出て行って下さい。全ては終わり、あなたの罪は消える。……社会的にはね」
「……」
「けれど、あなたは完全に鬼に堕ちた。ヒトの世は少々生き辛いかもしれませんよ」
何かを含んだソレを戴きながら、小澤はその場を後に
久方振りに街へと出てみれば
ソコは何ら変わることなくヒトが流れる
互いが互いに関心を持たず、互いにとって他人は其処に(在る)だけの存在
だが、それでいいのかもしれない
トン トン トン
大通りを帰路にすすみながら
小澤は何処からか、鼓の様な音を聞いた気がする
「……次は、誰が鬼に堕ちるか……」
すぐに聞こえなくなったその音に嘲笑を浮かべて見せながら
小澤は人混みの中、紛れるかの様に消え入ったのだった……

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