《MUMEI》

 「おや、千羽様。今日はお体の調子はいいのかい?」
穏やかに晴れた、昼下がり
ソレまで自宅にて寝をしていた扇 千羽は
散歩でもしようかと外へと出ていた
出て直ぐ近所に住む顔見知りに声をかけられ
「うん。今日は顔色もいいし、大丈夫みたいだね」
安心した、と笑みを浮かべて見せる
扇は僅かな笑みを浮かべて返し
他愛のない会話を相手と暫く交わし、一区切りついて身を翻す
そのまま歩き始めた扇へ
そう言えば、と相手はまた話す事を始める
「折鶴ちゃん、今日もお社の方に言ってたよ。毎日、感心だね」
笑みを含ませ
扇は僅かに肩を揺らし手を上げて返すと、その場を後に
帰路を進む途中、脇道へと入り向かった其処は
古めかしい社
其処に小さな後ろ姿を扇は見つけ
その背に自身のソレを合わせる様にして腰を降ろした
「……千羽様」
近く現れた温もりに、振りかえってくる少女は折鶴
慌てて自身の周りに散らばしていた何かをかき集め始める
見ればソレは
千代紙でおられた不格好な鶴
ソレを握りしめ、その場に座り込んでしまっている折鶴へ
扇はフッと肩を揺らし、折鶴の頭へと撫でる様に手を置いた
「……一人で出歩くな。危ねぇだろ」
咎める様な、だが優しい声色に
折鶴は僅かばかり困った様な表情を浮かべ、そして顔を伏せる
何となく、普段の様子とは違って見えるソレに
扇はどうかしたのかを問うてやった
「……夢を、みた」
「夢?」
「千羽様が、死んでしまう夢。とても、恐い夢」
小さな両手が扇へと差し出される
ソレを受け取り抱きあげてやれば、折鶴は安堵したのか扇へと身をゆだねた
「……千羽様。居なく、ならないで。一人は、嫌」
「折鶴……」
縋ってくるその小さな背を撫でてやれば
穏やかな風が其処に吹きつけ、折鶴の折った鶴がその風で宙を舞う
毎日一日も欠かす事無く折鶴が供えている鶴
それは、身体を病に侵されている扇の容体が少しでも良くなる様にとの願いを込めた鶴だった
「……何か、甘いモンでも食って帰るか」
帰路へとゆるり着きながら、徐にそんな提案
甘いものがその実大好物な折鶴は顔を微かにほころばせて
そして小さく頷いた
「……葛餅」
「それでいいか?」
「あと、お抹茶も」
「わかった」
珍しく自分の要望を多く述べる、と肩を揺らしながら
扇達は行きつけの甘味処へ
「おや、千羽様。折鶴ちゃんも」
顔馴染みの店主に出迎えられ、早々に茶を出される
ソレを有り難く頂戴し、折鶴が食べたいと言っていたモノを二人分注文
待つ間、折鶴は扇の膝の上へと座り
持って居たらしい千代紙で鶴を折り始めた
「上手く作れる様になったな」
褒めてやれば折鶴ははにかんだ笑みを浮かべながら
更にもう一羽
始めに折った折り鶴の紙の橋を僅か残していたらしく
器用な事をする、とその様子を眺めてみれば、残ったそれで折鶴はまた鶴を折り始め
扇の手の平へ、その連なる二羽を置いていた
「折鶴?」
「……この大きいのが、千羽様。それで、こっちの小さいのが、私」
「この二羽、嘴同士で繋がってるんだな」
凄いな、と珍しいその折り方に関心する様に褒めてやれば
折鶴は嬉しいのか、更に笑みを浮かべて見せる
「……お母さんが、折り紙、上手だった」
折鶴が語り始めたのは、今は亡き母親との思いで
その母親を病で亡くし、扇の屋敷の前に蹲って泣いていたのを見つけたのが三年前の事
屋敷に住まわせる様になって最初の頃は母の死に傷心し、まともに口すら聞けず
扇も随分と手を焼いたものだった
その折鶴の心を和ませたのが折り紙
偶然、知人から貰ったソレを渡してやれば
漸く顔を綻ばせてくれたのをよく覚えている
「お待ちどうさま。どうぞ」
話しもキリよく途切れて処に店主が注文した品を持って現れた
黒蜜ときな粉の掛った、葛餅
「……おいし」
柔らかな甘味に顔を綻ばせる折鶴
その笑みに扇も肩を揺らし、穏やかな時間の流れに身を委ねた
次の瞬間
扇の目の前へ色とりどり大量の折り鶴が舞い始める
一体、何事かと辺りを見回してみれば
その様々な彩りの奥に佇む人の影を見た
「……この鶴、とても可愛いわ」

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