《MUMEI》

降る鶴の彩りに隠されていたその姿が段々とはっきりと見え
見えたその全身はどうしてか、黒に覆われていた
「……彩りが、欲しい。私は、ヒトに、戻りたいの」
ヒトの声とも、雑音とも取れないソレに
折鶴は明らかに怯えの色を見せ、扇へと縋り付く
「千羽様。あれ、何?」
段々と迫りくる人影
それは徐々にヒトとしての形を失い、醜く歪んでいく
広がっていくその黒に、折鶴は更に怯えてしまう
「何、コレ。恐い――!」
恐怖のあまり目を閉じてしまおうとした、瞬間
その黒が折鶴へと近く迫り寄った
まるで目を閉じるなと言わんばかりに広がっていく彩り
その影に暫く視界を支配された後
折鶴の身体から、力が抜けて行った
「折鶴!!」
何が起こったのか、瞬間解らなかった
突然にくたりとし、動かなくなってしまった折鶴
解る筈もなく、扇は折鶴の身体を抱き起こす
「……千羽様を、連れて、逝かないで。何でも、する、から」
まるでうわ言の様に言葉を発しながら
一体何処を見ているのか、折鶴の視線は虚ろに濁っていた
「……返して。千羽様を、返してぇ!」
「折鶴!こっち見ろ!」
突然狂ったかのように喚き始めてしまった折鶴へ
扇はその小さな身を強く抱き、顔を覗かせてやった
次の、瞬間
「……その子は、彩りに覆われた。後は、染められて、終わる」
折鶴の背後に現れた人影
ゆらり立ち尽くし、扇達を眺めながら
不吉にしか聞こえない言の葉を口にした
「……テメェ、何モンだ?」
凄んで問うてみれば、相手は微かに肩を揺らし
そして
「私は、結鶴。縁を、結ぶもの」
名を語り、そのまま踵を返す
追いかけようかと試みたが、折鶴をこのままにはして置く訳にはいかず
唯その背を見送るしかなかった
「……っ」
暫く後、息を吐く様な微かな声が聞こえ
折鶴がゆるり目を開く
大丈夫かを扇が問うてやるよりも先に折鶴は身を起こし
扇へと向いて直った
「……黒い彩りは、要らない」
「折鶴?」
「千羽様を覆い隠してしまう、そんな彩りは、要らない!」
突然、狂ったかの様に喚く事を始め
扇が常に腰に帯びている脇差を徐に手に取った
「……要らない。要らないから!」
「――!?」
ソレをどうするのか考えるよりも先に
折鶴の振った脇差しが扇の左脇腹を抉る
飛び散る血液、鮮やかな朱
扇のソレを全身に浴びながら、その様を眺め見
「折、鶴……」
扇の掠れて様な声で折鶴は我に返った
「せ、千羽様!」
多量の血を流し蹲ってしまっている千羽を見
折鶴は自身が持つ刃物に気付き何をしてしまったかを理解する
何故、どうして
自分が扇を傷つけなけなければならないのか
訳が全く分からなかった
「……千羽、様!ごめん、なさい。ごめんなさい!!」
すっかり動揺し、何も出来ずに居る折鶴へ
扇は何を言って返す事もなく、唯その身体を抱きしめてやる
「……折鶴。落ち着け、大丈夫だから」
何とか宥めてやろうと、努めて穏やかに話す事をする扇
だが折鶴は落ち着く所か更に身体を酷く震わせ始めた
「……嫌。私は、千羽様を、殺したりしない!そんな事、出来ない!」
喚く事を始め、折鶴は徐に扇の腕を振り払い身を翻す
扇との間に距離を取り、首だけを振り向かせながら
「……恐い。千羽様、恐いよ……」
それだけを呟き、折鶴はその場から姿を消してしまった
「折鶴!!」
その跡を追おうと土を蹴る扇
だが出血多量故の眩暈に苛まれ、それは出来ず
先と同じように走り去るせばかりを見送る破目になってしまっていた
「……千羽様!大丈夫かい!?」
騒動を聞きつけた店主が慌てて飛び出してき
血塗れの扇に当然慌て始める
何とか大丈夫だけを短く返し、立ち上がり
代金を支払うとその場を後に
一体、何がどうなってしまったのか
状況が全く飲み込めず、扇は派手に舌を打った
だが何を考えるよりも折鶴を探し出す方が先だと
けだるく、重い身体を叱咤し、歩き始める
向かうは、あの社
どうしてか折鶴が其処に居る様な気がして
着いてみれば、そこに小さな後姿を見つけた
「折鶴、帰るぞ」
声をかけてやればビクリと身体を震わせゆるり振り返ってくる
大粒の涙に濡れた、散々な顔

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