《MUMEI》

くっくっくっくっ・・・、闇に包まれた王座で押し殺した笑いが響く。
わーはっはははははは!
やがてそれは、ヒステリックな哄笑に変わった。
強化ガラスが割れ、吹き込む冷風と共に、長剣をたずさえたゼウスが、ゆっくり王座のある広間に踏み入って来た時も、クロノスの哄笑は治まらなかった。
近従が逃げるのも咎めず、だがその眼は歩み寄って来る息子を真っすぐ睨みつけている。
「ゼウスよ・・・・。
何と芝居がかった恰好じゃ。堅物なだけの兄とは違うと思っておったが、まさかお前に、その方面の才能があったとはのう・・・・。
いや愉快愉快!
くっくっくっくっ。
わしも長く生きてきたが、今夜のように楽しいショーは久しぶりじゃよ」
ゼウスは薄い笑みをたたえたまま、父に向かって慇懃(いんぎん)に一礼してみせた。
「お褒めにあずかり光栄です」
「しかし何故じゃ?放っておいても、わしは次の王座をお前に譲りわたすつもりであったのに。
長男と言えど、ポセイドンはその器にあらず。
鋭いお前にそれが解らぬはずも無かろうに・・・・」
「もはや我が家の血統は、昔ほど民に対して威厳を持ちません。むしろ古い濁った血を連想させるだけのものへと成り下がりました。しかし絶やすわけにもまいりません。革命を求める民に、形だけでも新しい風をイメージさせうる、英雄的指導者が必要なのです!」
「成る程な。しかしそれは全て、お前自身の口から出た言葉なのかな?」
威厳あるクロノスの顔に、一瞬下卑た陰が過ぎった。
「あれに寝所で吹き込まれおったか?」
『あれ』と言う時、クロノスの眼の奥で何ともいやらしい笑いのようなものが浮かんだ。
「何の事やら。父上の話が見えませぬ」
「あれはな。魔性じゃよ。何百年も姿が変わらん。もともと長命の天津神の中でも、異常と言って良い。しかしお前も知らない事がある。あれはな、お前の『母』では無い。わしの『母』じゃ。
わしの言ってる意味がわかるかな?ゼウスよ?
これが初めてでは無いのじゃ。わしも父を殺し
今の王座を手に入れた。
あの女・・・・、お前が母と信じるもののけに
たぶらかされてな」
「黙れーーっ!!」
初めてゼウスの顔に激情が浮かんだ。
剣が閃き、べしゃっ!と言う音を立てて、切り飛ばされた耳が天井に張り付いた。

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