《MUMEI》 蟻地獄 128歳といえば、とっくに結婚して、子どもがいて、専業主婦で、家族仲良く幸せに暮らしていると思っていた。人生というのは、本当に思うように行かないように出来ているものである。露坂美紀は、仕事をしながらそんなことを考えていた。彼女は独身。彼氏はいない。 猛スピードで流れるベルトコンベア。ラッピングされた雑誌をパートの女性が検品して、5冊重ねて次に回す。 美紀はその5冊を持って結束機に乗せ、十字に縛る。十字だから機械を足で2回踏んで縛ってから、最後の人に回す。 ラインのいちばん後ろはパレットに雑誌を積む仕事で、これは若い男性のアルバイトがやっていた。 6月の半ば。涼しかったり蒸し暑かったり、体調管理が難しい季節だ。特にスポーツ選手だったわけではない美紀にとって、スピーディーな流れ作業はきつい。かなりの重労働である。 次から次へと雑誌が来る。1秒の油断も許されない。まるで格闘技の試合のように、相手の攻撃を受け続けている気分だった。 「ふう・・・」 汗を拭う暇もない。倉庫内作業は、もちろん格好なんか気にしていられない。Tシャツにジーパンにスニーカー。しかしスタイルのいい美紀は、男の視線を集めていた。 肩まで届く綺麗な髪。スリムでセクシーなボディ。お世辞抜きに美人で、魅力的な女性だ。 額に汗が滲む。気の強そうな目が光る。広い倉庫では冷房も行き渡らないし、節電をしているから、なおさら暑い。汗まみれのTシャツが少し気になる。 幹部は皆涼しい事務所で働いている。これが世の中というものだ。 「ふう・・・」 汗まみれのTシャツ。下着が透けていないかと心配して胸を見た瞬間、結束機の紐が絡まった。 「あああ!」 彼女は急いで直してもう一度踏んだ。ベルトコンベアは止まらない。雑誌は容赦なく来る。美紀は必死の形相で結束機を動かすが、間に合わない。雑誌がどんどん溜まる。 「お姉ちゃん、大丈夫?」 パートの女性が声をかける。 「大丈夫です」 全然大丈夫ではなかった。28歳の美紀は「お姉ちゃん」という呼ばれ方も抵抗があった。若く見られているとしたら嬉しいが、露坂という立派な苗字があるのだ。日払い派遣バイトは日替わりなので、パートさんたちもいちいち名前を覚えて呼ぼうとしない。 男はお兄ちゃんで、女はお姉ちゃんだ。 雑誌が次々押し寄せて来る。スピードが間に合わない。ついに雑誌がベルトコンベアから下に落ちた。 「あああ!」 「何やってんだよ!」 男の正社員が雑誌を拾いながら怒鳴った。ムッとした美紀は言い返した。 「ちょっと、間に合いません」 「間に合いませんじゃねえよ!」 「無理ですよ、こんな猛スピードで流したら!」 「はあ?」 次へ |
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