《MUMEI》 衝撃の作家 1セピア色の部屋。 大きな家具はそのままに、美紀は必要なものだけをスポーツバッグに入れて、深夜、アパートを出る。 しかし車が目の前に来て止まった。驚いて見ると、助手席に乗っているのは金田竜平だ。 「夜逃げ?」 「違います」 「約束破ったな」 美紀は逃げた。だが体が重い。速く走れない。まるでスローモーションだ。すぐに男二人に捕まり、車に押し込まれた。 「やめて!」 店に連れて行かれた。背中を押されていきなりステージに出された。美しい美紀を見て酔っ払い客が歓声を上げる。美紀は逃げようとしたが、複数の客がステージに上がり、美紀の服を脱がしにかかる。 「やめて!」 力が全く入らない。動きも鈍い。周囲はぼやけている。あっという間に全裸にされ、壁のX字に磔にされた。興奮した男たちはズボンを脱ぎ、美紀に襲いかかる。美紀は叫んだ。 「いやああああああ!」 バッと上体を起こした。 「え?」 ベッドの上だ。美紀は汗をびっしょりかいていた。 「やめてよ」 彼女は再びベッドに仰向けに寝た。恐ろしい悪夢だった。こんな嫌なことが続いたら、精神的におかしくなってしまう。美紀は考えた。夜逃げするにも金がいるのだ。金がなければ夜逃げもできない。 とりあえず起きて冷蔵庫を開けると、冷たいウーロン茶を飲んだ。 頭が回転しない。まだぼんやりしている。美紀はリモコンを手にすると、テレビをつけた。 朝から討論番組をやっていた。 年配の司会者がパネラーを紹介する。 「国会議員の、射出みきさん」 女性議員だ。公助に頼らず自助を。これが彼女の最近の政策だった。自助。すなわち、自分の身は自分で守れと。確かにそれが理想だが、美紀には反論があった。 障害者、重病者、重傷者、被災者、高齢者など、世の中には自助だけではどうにもならない人が何百万人といる。だから共助という助け合いの精神と、公助、すなわち国や行政の力が必要なのだ。 「政治評論家の、田口講二郎さん」 確か、60歳の評論家だ。美紀には、評論家という職業がよくわからなかった。映画評論家や犯罪心理学の評論家ならわかるが、政治評論家などは、間違ったことを言っても責任を取らなくていい。こんな楽な商売があるだろうか。 天気予報が全く当たらない気象予報士など、テレビでは使ってくれないはずだが、政治評論家は自由だ。 田口講二郎は、一昨年ある政治家を絶賛しておきながら、失政が目立ち、支持率が下がると、たちまち批判に転じた。結局何でもアリなのだ。 赤のチェックのパジャマ姿の美紀は、テレビ画面に見入っていた。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |