《MUMEI》
夢のクリニック 5
「よく無責任な金持ちが、日払いバイトをしている人に、月給をもらえる会社に入れと言います。そんなことは皆百も承知です。しかし一人暮らしで貯金がゼロなら、月給の会社に入るには一ヶ月分の生活費が必要です。それがわかっていない」

美紀はいよいよ心が定まった。白茶熊賢吾という男性は、今まで美紀が出会ったどんなタイプにも属さない珍しい日本人だ。

「そこで日払いを辞めてぜひ月給をもらえる会社に入りたいという人に、一か月分の生活費を渡す。そうすれば安心して就職活動に邁進できる」

美紀は目を疑った。本当の話だろうか。こんな冷酷な世の中で、そんなことがあり得るのだろうか。

昨年からタイガーマスク運動や多額の義援金などで、日本人が本来持っている絆を確認できたが、美紀は逆の日本も散々見てきた。

孤立死や自殺を自己責任と見捨てる人間も少なくない。所詮他人ごとなのだ。美紀は「絆なんか嘘っぱちだ」と何度も言葉を吐き捨てた。

「日本人の気質は本来太っ腹です。メタボのことではない。自分が裕福ならバンバンお金をわが街に落とします。しかし政治不信がその気質を発揮させない状況をつくっています。つまり、将来が不安で、いざというときに政治家は国民を助けない、見捨てると疑えば、どういう行動に出るか。それは貯金です。使わずに貯めて守りに入ってしまう。貯金通帳にまで課税するとか手を出すとかいう話を聞くと、もう最後はタンス預金です。皆がタンス預金をしたら、どうなるか。経済に詳しくない人でもわかるでしょう。景気を良くするには、国民を豊かにすることです。日本人は余裕があればバンバン使います」

亀戸に到着した。しかし美紀はまだ読みたかった。

彼女は電車を下りると、キリのいいところまで読もうと思って、イスにすわった。

「今、国民のプライバシーが危機です。政治家は貧乏人にはプライドも人権もないと思っているのか、プライバシーを簡単に考えています。皆武士は食わねど高楊枝で、貧しさを隠し、リッチなふりをしています。だから余計に辛いのです。若いなら金がなくてもいいのですが、40、50という年齢になると、貧しいことは恥ずかしいと考えてしまう。本当は貧しいことは決して恥ずかしいことではないのです。どんな境遇でも堂々と道の真ん中を歩けばいいのです。しかし一部の政治家はそうは考えていない。貧しい人が肩身の狭い思いをする発言を連発しています。そしてそのことに気づいていないで、自分は庶民の味方だと思っている。誠におめでたい。おめでとうと言いたくなります」

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