《MUMEI》 「はぁ?好きでもない男の前でそんなことして何の得がある訳。笑えとか笑うなとか、何が言いたいのかわかんないっての。水杜くんがやれば?正に可愛く」 言い走りながら、思わずレジ台を両の拳で叩いてしまった拍子に、積まれた書籍の山が幾つも盛大に崩れてしまった。 「何で俺がやるんだよ」 「女顔だから」 床に散らばった大量の書籍にも構っていられなかった。二人とも完全に脳味噌が沸騰してしまっていたに違いない。全て暑さの所為である。 「何だよ、女顔って」 「言葉通りの意味だけど」 晶にとっての地雷であった。彼が女顔なのは公然の事実である。幼少の折り、幾多の闘い(母親による強制的参加)の末、市内美少女コンテスト優勝の栄光を手に入れているのだ。 因みに情報源は晶の弟であり、彼自身は準優勝だったという。 「水杜くん目当ての男の常連さん、絶対いるはずだから」 美少年とは限らないけどね、と続けるのに晶がぱくぱくと唇を上下させたときであった。 涼しくも爽やかな一陣の風が、掴みかからんばかりに争う二人の汗だくの顔を撫でた。 「こんにちは。こちらはキチキチ堂さんでございますか?」 濃紺の上品な着物を着こなし、黒髪をすっきりと後頭部にまとめた、美しい女性が立っていた。いつの間に入ってきたのか。 繊細なレースで飾られた日傘を小脇に携え、紫と白に染められた風呂敷の包みを両手で抱えて、微笑んでいる。年齢は二十代後半であろうか。 ごくり、と晶が唾を飲み込む音が聞こえ、思わず咲良は肘で彼を小付いた。 「そうです。何かお探しですか」 意味もなく緊張しながら答えると、美人がすまなそうに頭を下げて微笑んだ。 それがまた美しい。 「お客じゃないの、ご免なさいね。わたくし、籐二郎様にお逢いしたいのだけれど。どちらに、いらっしゃるのかしら」 籐二郎サマ? 二人同時に、聞き慣れない呼び方に首を傾げ、顔を見合せてしまった。 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |