《MUMEI》
怒りのメッセージ 3
柄田が目を丸くすると、職員は言った。

「だって、あなたの個人の借金を税金で払うというのはおかしいでしょう」

「はあ・・・」

柄田は職員に聞いた。

「あの、手続きはここで出来るんでしょうか?」

「破産宣告の手続きは裁判所に行ってください。確か、3万円くらいかかるのかな」

「3万円?」

柄田が驚いた顔をすると、職員は言った。

「どうされました?」

3万円もの大金があったら、ここへは来ない。でもそれは言わなかった。

「医師の診断書と破産宣告の手続きを終えて、それから申請してもらって、調査にはだいたい一ヶ月くらいかかります」

「一ヶ月?」柄田は身を乗り出した。「一ヶ月の生活費はありません。だって通院して、血圧の薬を買うのにも相当お金がかかるんですよ」

「そう言われましても、決まりですから」

意気消沈する柄田に、職員は聞いた。

「どうするんです? 申請するんですか、しないんですか?」

「・・・結構です」

柄田は市役所を出た。

「はあ」

空を見上げる。柄田は乾いた声で呟いた。

「俺の人生は、終わったかな」

賢吾の恐れていたことが現実に起きていた。

制度見直しと国会議員や首長が言葉にしただけで、区役所や市役所の職員にプレッシャーがかかり、本当に断崖絶壁な人も、見た目健康そうに見えると、門前払いしてしまう。

これで孤立死や自殺が増えても、すべては自己責任として処理されてしまうだろう。

しかし怒りが外に向いた場合、強盗や殺人という凶悪犯罪を巻き起こす危険もある。そうなると自己責任では済まされない。

白茶熊賢吾は、常々、「貧困の終着駅は自殺か犯罪」と警鐘を鳴らしていた。

例えば派遣制度の見直しにしても、制度が見直されるまでには期間がある。今日明日急に何かが変わるということはない。しかし、政治家やマスコミが騒げば、派遣バイトを使っていること自体が、何か会社が責めを受けているような感覚になり、派遣バイトを全部切るということもある。

つまり、派遣バイトを助けるために制度見直しを叫んでも、結果的に派遣バイトの人間を苦境に立たせるということがある。政治家とマスコミは自分たちの恐ろしいまでの影響力を自覚していない。

安全網もそうだ。政治家の発言とマスコミの加熱報道により、安全網自体がまるで「悪」のようなイメージを国民に植え付け、職員に重圧がかかり、柄田昇のような人間を追い込んでいく。

断崖絶壁に立たされた男の選択は・・・・・・。

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