《MUMEI》
大河の流れ 4
柄田は顔を上げると、苦笑した。

「はい、心肥大と言われました」

「心臓かあ」

「あと、高血圧症で、不整脈の疑いもあるとか」

「不整脈は良くありませんな」賢吾の顔が曇る。「主治医は何と言っていますか?」

「まあ、肉体労働はしないでくださいと。で、必ず通院してくださいと」

「心臓病はきちんと治さないとあきまへんな。血圧の薬はもらいましたか?」

柄田は言葉を詰まらせた。

「通院するお金がないんです。お恥ずかしい話です」

「何も恥ずかしいことなんかありません」賢吾が即答した。「法に触れても威張っているアホな有名人なんかたくさんいるんやから、堂々と胸を張って闊歩してください」

「しかし・・・」

「柄田さん。なぜ貧乏したかわかりますか?」

柄田だけでなく、美紀と博美と仲矢も耳を傾けた。

「それは・・・どこから歯車が狂ったか。気づいたときには貯金が消えていました」

「歯車なんか狂っていないと思いましょう。貧乏の理由は一つしかありません。お金のない人の痛み苦しみをわかるためです」

柄田は目を見開いて賢吾の顔を直視した。

「こればっかりは裕福な家庭で育ってずっと贅沢な暮らしをしてきた不幸なボンボンにはわかりようがないからなあ」

「不幸?」

「不幸や。人の気持ちがわからないなんて、人間界でどうやって生きていく気ですか。時たまアホ丸出しの勘違い発言するヤツおるやんか? 本人気づいてないのに笑い者やから不幸ですよ」

賢吾が止まらない。まるで記者会見の再現だ。

「柄田さんは経済苦が宿命だと思ってる。ワイは違うと思うなあ。あなたはこれから、多くの経済苦で苦悩する人を励まし、立ち上がらせる使命がある。だから気持ちをわかるために一旦貧乏したんです」

柄田だけでなく、美紀も博美も仲矢も、自分に置き換えて聞いていた。

「ワイも貧困で地獄を見た男や。そういう人間が経済力を手にしたら鬼に金棒、ルドルフに岡部や」

「ハハハ・・・」笑いかけて仲矢は両手で口を押さえた。

「何笑ってんねん?」

「くしゃみですよ」

賢吾は柄田に笑顔で話しかけた。

「柄田さん。今はお仕事を探しているんですか?」

「はい」

「相談なんですが、ジャンヴァルジャン基金の事務局の副責任者をお願いできないでしょうか?」

柄田は目を丸くした。

「・・・まさか」

「この人が事務局長やけど、補佐して欲しいねん」

「補佐だなんて」

「やはり責任者は若い人よりも壮年のほうがええでしょう。人生経験豊富なほうが、相談者も安心するもんですわ」

信じられない話に、夢の中にいるようで、柄田は返事ができなかった。

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