《MUMEI》
大河の流れ 5
柄田は声を振り絞るように言った。

「でも、私に務まるかどうか・・・」

「ワイの著書を読んでくれたなら、理念はわかってるでしょう。理念が大事なんです。相談者は心が傷ついています。断崖絶壁です。それをラジオの人生相談みたいに、あんたが悪いとかゆうて説教したら終わりや。それは金に困ったことがないアホな金持ちのやることや。金を出す代わりに口も出す。短気な人間なら殺意湧くやろな。人間には感情とプライドがあるねん。その程度の想像力もないヤツは真冬に雪国で野宿して百回死ぬ思いしてからもの語れゆうねん」

皆が感動に震えているとき、仲矢が笑顔で言った。

「よく口が回りますねえ旦那」

「真剣な場面やぞ」

「すいません」

「アハハハ」博美と美紀は思わず笑ってしまった。

「柄田さん。まずは通院して病気を治しましょう。心臓病も高血圧症も命に関わる病気です。病気じゃしゃあないやないかゆう、昭和のドンマイ精神を復活させましょう」

柄田は顔を紅潮させて言った。

「白茶熊さん。わかりました。ここで、第二の人生を送りたいです」

「なら決まりや。武将が一人増えた。何か三国志みたいやな」

ここまで自分を重んじてくれた人が、果たしていただろうか。柄田はかしこまっていた。しかも初対面なのに、ここまで信頼してくれて、言葉が出なかった。

「おめでとうございます」

美紀が素敵な笑顔で語りかけると、博美と仲矢も祝福し、歓迎した。柄田昇は皆の顔を見て何度もお礼の言葉を繰り返した。

「ありがとうございます。ありがとうございます」



ジャンヴァルジャン基金の委員長は白茶熊賢吾で、副委員長に激村創と丹危雷音。そして実際に相談者の応対をし、手を尽くす事務局もスタッフが揃った。

事務局長には仲矢真次。副事務局長に柄田昇。顧問弁護士に強豪大兵。

賢吾が今まで内科医を務めていた夢のクリニックは、そのまま続けていた。アシスタントはもちろん露坂美紀だ。

しかし賢吾は小説の執筆に専念した。家で電話番をしている賢吾の妻のれおんは、相談内容を聞いて、お金の相談なら事務局のオフィスに繋いだ。

夢のクリニックは従来からあったもう一つの「芸術家支援」のみに限定した。

作家や漫画家、あるいは作詞家を目指している夢のある若者を支援する。軍資金を渡す基準は厳しく、作品を見て判断する。こればかりは賢吾でないと出来ない。

作品が素晴らしく、ぜひメジャーデビューさせたいと感じる芸術家だった場合、生活費や軍資金を渡して、余計なアルバイトをさせずに創作に専念させる。

しかし、そこから先は本人の実力である。賢吾は野に隠れた英傑を探したかった。日本にもユゴーや魯迅のような、権力の魔性を粉砕するような作家が欲しいと思っていた。

経済苦のどん底で、天才が埋もれている可能性は十分にある。草の根をかき分けてでも素晴らしい人材を探し出し、育て、世に送り出す。そういう事業を展開することも、賢吾の昔からの夢であった。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫