《MUMEI》
次の一手 11
火剣は美紀と並んで歩く。

「見たか聞いたか、ざまみろ一般人!」

「え?」

「だって美紀ほどの美人と歩く俺様を見てよう、世の男どもは羨ましがっているだろ」

美人と言われて、美紀は照れた。彼女はそんなに自惚れていない。

「そんなこと、誰も思ってませんよ」

「思ってるぜ」

笑顔の美紀を見て、火剣は言った。

「これから飲みに行くか?」

「行きますか?」

「マジか?」火剣が危ない笑顔で聞き返す。

「へんなところ連れてったらダメですよ」

「そう言うと変なところに連れていって欲しいと誤解されるぜ」

「それがおかしいんですよ」美紀が口を尖らせた。

「口を尖らせるのは小悪魔ポーズだ。挑発と見なされても文句は言えねえ」

美紀が早足で前を歩く。

「やっぱり帰ります」

「バッファロー! 冗談に決まるショッカー地獄の軍団だろ」

「日本語を喋ってください」

火剣は夜空を見上げた。

「都会は星が見えねえな」

「あたしの住んでるところは星見えますよ」

「そうか、遠くから通ってるんだな。じゃあ美紀の部屋で飲もう」

美紀はまた早歩きになる。

「お休みなさい」

「NO!」火剣は追いかけた。「美紀の地元の居酒屋で飲もうぜ」

「それならいいです」

二人はタクシーに乗り込んだ。

美紀は思った。ジャンヴァルジャン基金の行く末は未知数だ。ヒットマンを間近で見て、激村の言葉を思い起こした。本当にこの世の中は、善意の人ばかりが住んでいるわけではないのだ。今までの百倍用心をしなければいけない。

「あたしが火剣さんを用心棒として雇おうかな」

「マジか!」火剣が驚く。

「時給10000円は払えませんけど」美紀は笑った。

「仕方ねえ。無料で手を打つぜ。ただより高いもんはないって言うからな」

「怖い」

美紀は笑みを浮かべながら、窓の外を見た。

「ジャンヴァルジャン基金の次の一手は、マスコミ対策だな」

「え?」

火剣がいきなりまともなことを口にしたので、美紀は驚いた。

「何だその顔は? 俺様のふざけは、世を欺く仮の姿だ」

「欺く必要あるんですか?」

「この日本を牛耳っているのはテレビだ。テレビは怖いぞ。でもテレビが変われば、国が変わる。民衆といったって千差万別。みんな考え方が違うんだ。だから民衆を正しくリードする指導者が必要なんだが、それを政治家に頼るのは無理だ」

「なぜですか?」美紀は真顔で聞いた。

「政界は魑魅魍魎が蠢く世界。つまり権力の魔性の巣窟だ。ヒトラーのような男を指導者にしてしまうことだって、狭い日本では十分に考えられることだ。だから、あくまでも政治家は庶民の公僕だ。俺様は政治家をリーダーとなんか見ねえ!」

美紀は唇を噛み締めた。何も考えていない大人だと心配していたが、なるほど賢吾たちが火剣と付き合っている理由が頷けた。

「次の一手は、テレビ対策ですか」

「俺様を軍師にすれば、ジャンヴァルジャン基金は成功するぜ」

「はい。院長に伝えておきます」

「無理だ。激村と紗希が全身で反対するぜ。ガッハッハッハ!」

美紀も嬉しそうな顔で笑った。


END

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