《MUMEI》

 「広也君、いらっしゃい」
陽もすっかり暮れ、夜の入り
木橋の姿は高野のアパートの前にあった
渋々戸をたたけば、風呂にでも入っていたのか
髪から大量の水滴を垂らし、腰にはタオルを巻いただけという姿で木橋を出迎える
その様に驚き、ついたじろいでしまえば
「んー、この格好?慌てて出てきたからね。とにかく入って」
手を取られ、中へと連れ込まれる
「廊下、びしょ濡れだろうが。身体位拭いて出てこいよ」
点々と続く水滴を脚下に見つけながら呆れたように言ってやれば
高野は苦笑を浮かべて見せるばかりで何を返す事もなかった
着替えてくるから、と木橋を居間に待たせ
高野は誤魔化すかの様に寝室へ
「……本当、変な奴」
一人事に呟きながら、ソファへと腰を下ろし高野を待つ間
木橋は暇に自身をもてあまし、何の気なしに辺りを見回す
床一面に広げられている書類、散らばったソレに何気なしに眼をやってみれば
その全てが仕事関係のソレで
相当読み込んでいるのか、至る所に付箋が付けられている
「……真面目に、仕事してんだな」
「感心、してくれた?」
独り言のつもりで呟いたソレに帰ってきた返事
背後から肩口へと顎を乗せてきた高野へ
木橋は俄かに慌てる事を始める
「お、お前、いつから……!?」
其処に、と続ける筈だった言葉は高野の唇に阻まれ
声は意味不明な音として外へと漏れる
「……んぅ」
呼吸ごと覆われ、息苦しさに高野の背を殴りつける木橋
だが解放される事はなく、そのままソファへと押し倒されてしまう
「いけないことだって、解ってるんだけどね」
「……なら止めろ。退け」
「でもね、広也君」
此処で一度言葉を区切り、高野は木橋のシャツへと指を掛ける
態とゆるりとボタンを外してみせながら
「解ってても止められない事って、やっぱりあるんだよ」
意地の悪そうな笑い顔を向けてきた
また流されてなどやるものか、と抵抗を試みる木橋
だがそれを察したのか、高野は首から下げていたタオルを徐に取り
木橋の腕を頭上で一括りに拘束していた
「なーーっ!?」
行き成りなソレにいはしな動揺し
力任せに暴れる事をしながら高野を睨みつける
それに構う事無く、高野はそのまま木橋の唇を己がソレでふさいでやる
「な、んで……?」
「何でって、何が?」
問うてくる木橋へ
高野はその口元を伝う互いの唾液を指先で拭ってやりながら聞き返す事をしていた
改めて問われてしまえば聞き返す事が気恥ずかしく
木橋はを噤んでしまい、そしてあからさまに顔を逸らす
「駄目。こっち向いて」
「止め……っ!」
逸らした視線をまた引き戻され、高野のそれと重なった
見えた高野の表情は今までに見た事のない程真剣なソレで
木橋はつい抵抗する事を忘れてしまう
「……その顔は卑怯だろ。アンタ」
「そ。俺、卑怯だから。そういう広也君だって、本気で拒んでないでしょ」
「そんな事……!」
「ない?」
いつもの様に屈託のない笑みを向けられ
木橋は返答に詰まる
何を、どう返せばいいのかが分からずにそのまま口を噤んでしまえば
高野が肩を揺らす、僅かな声が聞こえた
「……愛される事に慣れてないね。君は」
「そんな事――!」
無い、と続ける筈だった声は高野の唇に呑みこまれ
声は意味を失ったソレとして口の端から洩れていく
「俺が、甘やかしてあげようか」
漸く唇が離れたかと思えばこの科白
木橋は唾液に占めってしまた口元を手の甲で拭いながら
だが動揺の余り何を言って返す事も出来ず
唯高野を睨みつけるばかりだ
「アン、タ、ふざけるのもいい加減に――!」
「ふざけてないから。ちゃんと、本気」
「でも、アンタ……!」
「もう、いいから。ちょっと、黙ってて」
柔らかな命令で、高野は木橋の口を塞ぐ
後はもう、高野の成すがまま、身体さえも明け渡してしまう
「……広也君、大丈夫?」
「な、ワケ、ない……!」
「ごめんね。広也君可愛かったから、歯止め、利かなかった」
「――!?」
「広也君は?ヨくなってくれた?」
事後の気だるさに動けずに居ると

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫