《MUMEI》

手を差し出してやれば、だが折鶴は首を横へ
「……ダメ。私は、私の意志に関係なく千羽様を傷つけてしまう。だから、ダメ」
何度も首を振り、飛び散る涙が扇の頬へと散る
何かに耐える様に、自身の腕で身体を抱きしめるその姿を
扇は見るに耐えず背後から抱きすくめてやった
「……千羽様、駄目。放して!」
「帰るぞ」
手を振り払おうとする折鶴を難なく小脇へと抱え
身を翻すと家路へと着いていた
「よ、千羽。何か散々な格好してんな」
自宅へと帰り着けばその入口の前
扇を待っていたのか、門扉に寄りかかっている人影が見えた
「薬届けに来たんだが、別の用事が出来たみてぇだな」
扇の姿を見るや否や、そう愚痴る様に呟いたのは
扇の知人であり、医師として動く多々良 政隆
手当をしてやるから家に入れ、と促され
扇はそのまま自宅へと入っていく
「で?一体何がどうなってんだ?このザマは」
説明しろとせがまれ、扇は事の説明を始める
だが扇自身、一体何が起こっているのかが分からず
説明は今一要領を得ない
「よく解らんが……」
やはりすぐに理解しては貰えず、髪を掻き乱すばかりの相手
だがすぐに考える方向を変えたらしく
「……あのガキ、どうにかした方がよくないか?」
帰るなり寝に入った折鶴を指差した
どうにかする
その言葉の真意を理解したのか
だがそれを指摘されたくはなかったのか扇は相手へと鋭い視線を向ける
「……そう怒るな。けどな、今この状況が長く続けばお前の身がもたねぇぞ」
「……」
「早死したいなら止めん。だが忠告だけはしとく。あのガキを手放せ、千羽」
それだけを告げると相手は薬を扇に押しつけ、その場を後に
その背を見送り、見えなくなったのを確認すると溜息を一つ
「――っ!」
同時に喉の奥から出てきた酷い咳の音
呼吸すらまともに出来なくなってしまう程のソレに、口元を手で覆い蹲る
漸く治まったかと思えば口元に血液が伝っていた
「……千羽様、苦しいの?」
その音で目を覚ましたらしい折鶴
身をゆるり起こし、扇へと向けてくるその顔は今にも泣きそうなそれだ
大丈夫だと即座に返せれば良かった
何も気にする必要などないのだ、と
「……私が、悪いの?私が居るから、千羽様は、苦しいままなの?」
着物の裾を強く握りしめ、その不安に耐える姿に
扇は首を横へと不手やり、折鶴の身体を抱きしめてやる
抱きしめられてしまえば、扇の乱れた呼吸に忙しなく動く胸元が間近
折鶴は更に不安に駆られてしまう
「ご、めん、なさい。千羽様、ごめん、なさい!」
扇の腕から暴れる様に逃れると、身を翻し外へと飛び出してしまい
素足のまま庭へと降りると、そまま裏庭に隣接して在る竹林へと姿を消してしまった
身体が思うように動かず、咄嗟に追いかける事が出来ずに
扇は派手に舌を打ち、先に貰った薬を口に含んだ
難儀な身体だと自身を罵りながら
幾分かは楽になった身体で何とか外へ出た
出るなり爆音が突然に鳴り響き、辺り一面に白煙が漂う
その音の在処を折ってみれば
煙の出所は折鶴が入って行った竹林
赤い火が蔓延する其処に折鶴が居るのかと考えれば
居てもたっても居られなくなり、燃える最中の其処へ
「……死ぬ気?あんな子供一人の為に」
入ろうとした扇の背へ、不意に向けられた声
向いて直ってみれば其処にあったのは唯の黒
以前にも見た、あの黒い何かだった
目の前に立塞がる様なそれに
扇は苛立ちも顕わに脚を蹴って回す
「……あなたは、鶴に何を望むの?」
それを軽々かわしながら、女の声の様なソレが問うてくる
鶴に、何を望むのか
殿意味も分からず扇が怪訝な顔をして見せれば
「……あなたも所詮は欲に塗れたヒト。さぁ、何を望むの?」
嘲るような笑みを向けてくる
扇は暫く返す事はせず、そして溜息をつき静かに話し始める

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫