《MUMEI》

    『遅い』
耳元から電波に変換されたアラタの声が聞こえた。


「……携帯返してもらえますか」
樹は固く目を閉じてアラタの声のみに集中する。


  『お前次第だな』


不安定で不思議なしかし基盤がしっかりした楽譜を演奏されたようである。
どんな歌より繊細で心を震わす旋律だった。


「何なりと申し付け下さい」
全てを斎藤アラタに奪われても樹は許せてしまうだろう。アラタにはその価値がある。



心臓に纏わり付いて離れない衝撃が今も樹の中で呼吸していた。
胸に手を置いて肺に届くくらい深く息を吸い込んだ。






自分を本当に暴くのは家族や恋人じゃなくてアラタのような全く別の人間なのだろうと樹は感じていた。

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