《MUMEI》

満面の笑みを浮かべた高野の顔が目の前
嬉しそうな、子供の様なソレに、木橋はどうしてか段々と腹が立ってきた
「……いいワケ、ねぇだろ!何してくれてんだ、この馬鹿!」
怒りに喚き散らしながら
その内に感情が昂りすぎて涙が木橋の頬を伝う
「広也、君?」
突然のソレに驚いたらしい高野
頬に伸びていたその手に涙を拭われ、木橋も漸く自身が泣いている事に気付く
「何で、だよ。こんなの、俺じゃ、ねぇ……!」
泣き顔など見られる訳にはいかない、と
手の甲で目元を改めて拭い、木橋は身を起こす
すっかり乱れてしまっている着衣も適当に整え、逃げる様にその場を後に
「広也君!」
背後で高野の声を聞きながら、聞こえないふりをした
アレ以上高野といれば、自分が自分でなくなってしまいそうで
ソレが、恐かった
「……あれ?アンタ……」
家に帰る気にはなれず、唯街をふらついていると
無意識なのか、とある家の前へと辿り着いていた
表戸を叩いてみれば、出てきたのは一人の女性
木橋を見るなり僅かにおろ退いた様な顔で
だがすぐに木橋を家へと上げていた
「珍しいね。アンタが家に来るなんて」
「……」
「何か、和広さんに聞きたいことでもあった?」
「……」
何を問うても無言のままの木橋へ
相手は溜息をつきながら
「和広さん、もう少ししたら帰ってくると思うよ。もう少し、待ってれば?」
お茶でも入れるから、と女性は立ち上がると台所へ
忙しく支度に動く様子を何気なく見ていると
家の戸が家主の帰宅にゆっくりと開いて行く
「お帰り、和広さん」
「只今、すぐる。珍しい客がいるみたいだけど、何かあった?」
木橋の訪問は言葉通り珍しい様で、家主も驚いた様な顔
こうも立て続けに同じ反応を返されれば
木橋の方も余り面白くはない
「……やっぱり、俺帰るわ」
何を話す気にもやはりなれない、と身を翻す
足早にしその場を立ち去ろうとした木橋へ
「……広也。お前、その首筋のそれどうした?」
家主が何かに気付いたらしく、木橋のソコを指差す
無いかあるのかと怪訝な顔をして返せば
「キスマーク、はっきり残ってる」
「……キス、マーク?」
「鏡、見るか?」
御丁寧にも目の前へと出された鏡
その中に映る自身の首筋に、微かに赤い斑点の様なそれ
ソレは木橋に今し方の情事を思い出させ
顔に朱が走った
「……あの野郎――!」
「野郎?そのキスマークの相手って、男なのか?」
自身の不用意な失言に指摘された事で気付き
まだごまかせる状況だったにも関わらず
動揺する事でソレを肯定してしまう形に
どう誤魔化せばいいのか
考えれば考えるほどに動揺は酷くなり
どつぼにはまるばかりだった
「……ま、詮索するつもりはねぇから。で?何か用事でもあったのか?」
改めて問われ、木橋は返答に詰まる
話しを聞いて貰いに此処に来た筈なのに
いざその時になってみるとどうしても、目の前の人物には相談しにくかった
木橋は別にを短く返すと、逃げる様にその場を後に
結局、何をしに行ったか解らないままに家路を歩く木橋
だがこのまま素直に帰る気にもなれず、街中を一人ふらつく事に
「木橋!」
途中、聞いた事のある様な声に引き留められ向いて直れば
同じ学科の三宅 保の姿が其処にあった
対して親しくもない筈なのだが、その口調は随分となれなれしく
木橋は短く別にを返すと三宅に構う事無く歩き始める
「ちょ、待てって、木橋!」
慌てる様に木橋を引き留めようとする三宅
一体何をそんなに必死になっているのかと
木橋は怪訝な顔をして向ける
「俺の先輩でさ、お前に会ってみたいってヒト居るんだけど、合ってみてくれねぇ?」
一度だけでいいから、と両の手を合わせてくる三宅
ふと三宅の肩越しにその向こうを見てみれば
木橋には余りなじみのない顔が立っていた
「……俺に会いたいって奴はあれか?」
失礼にも指差してしまえば
だが相手は気分を害した様子もなく、木橋へとにこやかに手を振ってくる

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