《MUMEI》

 「起きろ!おい、起きろと言うとうるのが聞こえんのか!」
翌日、早朝
昨日の疲れからかすっかり熟睡していた乾
ソレを五月雨が何事かあったのか、大慌てで起こしに掛る
余りの騒々しさに仕方がなく眼を覚ませば
「腹が減ったぞ。飯はまだか?」
目の前には丸い猫の姿に戻っている五月雨のソレ
未だ眠りの際に居た乾はソレが何かを理解しないまま手で押しのけ
また寝に入ろうとする
「……ヒトというのは皆こんなに寝起きが悪いのか?」
溜息混じりに呟けば
五月雨は乾の上へとゆるりの登り、顔の上へ
ソレこそ呼吸を止めてしまいそうな程の圧迫に
流石の乾もはっきりと眼を覚ましていた
「……お前、俺を殺す気か?」
「失礼な!わしは唯腹が減っただけだ!」
腹が減った程度の理由で窒息死させられては堪らない
乾は深々と溜息をつくと、漸くとこから身を起こし
のそのそと身支度を始める
「……行くぞ」
また祖父の家に食事にでも行くのか、と
出て行く乾の後を嬉しそうについて行く五月雨
だが着いたのは祖父宅ではなく
近所の、コンビニだった
「お前、そこで待ってろ。飯買って来るから」
「するめ買って濃い。するめ!」
「猫って確かイカ食べたら駄目なんじゃなかったか?」
との乾の指摘に
「儂は猫ではない!儂は――!」
「はいはい。解ったから」
返事も適当に乾は店内へ
朝食用にと様々買い込み外へと出れば
「何するんじゃ――!お前は!」
近所の野良猫と対峙し、何やらもめている五月雨の姿があった
一体何をしているのかと暫しその様眺め見る乾
よくよく見れば五月雨の頭の頂が僅かばかり禿げている事に気付き
大方喧嘩でも売られたのだろう、と原因を理解する
「……お前、何やってるんだ?」
見るに見兼ね、五月雨を抱え上げてやれば
相当起こっているのか、全身の毛を逆立て
瞬間、その姿が煙の様に消えていった
「……逃げたか」
跡形もなくなった其処を睨みつけ
五月雨は吐き捨てる様に呟く
一体何の騒ぎだったのか
五月雨へと問う事をしてみれば
だが何を答える事もなく、そっぽを向いて見せる
「……まぁ、いいけど」
五月雨のハゲを指で撫でてやりながら家路へ
買ったもので手早く朝食を済ませ
乾は出掛けるのかまた外へ
「何処かへ出掛けるのか?」
問うてくる五月雨へ、乾は首をゆるりと横へと振りながら
境内の掃除をするのだと返す
「……相変わらず年寄り臭い奴め」
悪態を吐いてくる五月雨に乾もまたないを返す事もせず
砂利や砂を吐いて集め始めた
その途中、不意に手に微かな重みを感じ始める
持っている箒のソレではなく
一体何なのかと自身の手もを見てみれば
指から何本も垂れ下がる紅い糸の様なソレを乾は見た
また、何か居るのか、とその糸の先を見てみれば
ソコに、黒い喪服を着た女性が一人、佇んでいた
参拝客にしては様子がおかしい、とそちらへと歩みよってみる
「…こちらが、北か。私は、帰りたい」
「は?」
乾には分からない一人言を呟きながら
その女性はにじりにじりと迫り寄ってくる
「お前の糸を、寄越せぇ!!」
「……!?」
手の指を食い千切られそうになる寸前
乾の目の前へ、五月雨の丸っこい後姿が乾を庇うように立つ
影と対峙し毛を逆立たせる五月雨
次の瞬間、影が僅かに動揺でもしているのか
ゆらゆらと揺れ始めた
「ネ、コ。猫だ……」
口に籠った様な声で呟きながら、影はゆるり五月雨へとにじりよる
「……猫が、憎い。猫さえ北を向かなければ辻が人を食う事もないというのに」
「何を言うておる、お前は」
「お前さえ、お前さえいなければ。標糸の存在出来はしないのに!」
俄かに落ち着きを取り戻したかと思えば
影は散り散りになりながらその場から姿たを消していた
まるで何事もなかったかの様に静まり返る其処
言葉の意味を理解しかねる乾が立ち尽くしていると
「あやつ、まだ辻に迷うておったのか」
どうやら知った顔なのか、複雑そうな顔
更には唸る声を上げ始め、何やらを考え始めていた
「……五月雨?」
ピクリともしないままの五月雨へと声をかけてみれば
漸く乾の方へと向いて見せ、そして
「……悟。今日の夕刻、ちとわしに付き合ってくれんか?」
「夕方?それは別にいいけど」

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