《MUMEI》

「……望みなんて、ねぇよ」
「本当に?」
「生きてることすら面倒になる事もある位だからな」
望む事などある筈がない、と扇は吐き捨て身を翻すと竹林の中へ
入っていこうとした矢先
「……貴方の今の望みはあの子を助けたい、そんな所かしら」
向けられた嘲笑
扇は一瞥を向けて返し、すぐさま折鶴を探しに林の中へ
入るなり、蹲って座っている折鶴の後姿が見えた
「……千羽、様」
着物の至る所を焼かれながら、だがどうする事も出来ずにいたらしいその様に
千羽は足早に掛け寄ってやり、折鶴の身体を抱きしめてやる
「何やってんだ、お前は!!」
叱る様に言い寄ってしまえば、折鶴は怯えたような様子を見せ
涙に表情を歪ませながら、解らないと首を振ってみせる
「……恐い、千羽様。私、私……」
このままでは望まぬまま扇ばかりを傷つけてしまいそうだ、と
両の手で顔を覆い、泣き崩れる
「……何かが、私に言うの。千羽様を殺せって。どうして――!」
震えるその姿が見るに居た堪れず
扇は何を言う事もせず、その小さな身体を抱いてやるばかりだ
「……千羽様」
「大丈夫だ。お前は、何も悪くない」
宥めてやるかの様に何度も
折鶴の耳元を扇の聞き心地の良い低い声が掠めて行く
その音に少しばかり落着きを取り戻した折鶴
いつまでも火の中に居る訳には行かない、と
扇は折鶴をつれ、取り敢えずその場を離れる事に
「……全て、燃えてしまうわね。貴方が供えてくれたあの千羽鶴も、あなたの、願いも」
途中、聞こえてきた女の声
何処から聞こえてくるのか、と辺りを見回せば
其処に、今まで気付かなかったが小さなお社が在る事に気付く
折鶴が毎日鶴を備えに入っているあの社によく似ているソレから
その声は聞こえてきた
「……あなたはまだ本当の貴方を知らない。もう少し、もう少しで……」
言葉も終わり、社の戸が突然に開いた
其処から大量に溢れ出して来たのは、鮮やかな千代紙で織られた鶴
ソレから庇ってやる様に扇の腕が折鶴を抱けば
「嫌……、恐い。嫌ぁ!」
既に正気を失ってしまっている様に扇は派手に舌を打つと
己がソレで喚くばかりの折鶴の唇を塞いでいた
「……っ」
間近で香る扇が身にまとっている香の香りに
折鶴は漸く落着きを取り戻す
「千羽、様……」
何かを言おうと開き掛けた唇
だが声は形となって其処から出てくることはなく
唯己が身に起きた何かに恐怖を感じながら
折鶴は扇の腕の中、唯泣く事しか出来なかった……

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