《MUMEI》
第2章U
こいつの言葉に、俺は硬直した。
……地獄?

「そんなに緊張しなくても大丈夫さ。地獄と言っても、君が思っているほどに恐ろしい場所ではない。極楽とは言い難いがな」
「何で……。何で俺が地獄なんかに行かなきゃならねぇんだ……」
「ん?おかしなことを言うな」

こいつは首を傾げた。
おかしなことを言っているのはこいつの方だ。

「君、自殺しようとしてるんだろう?」
「あ、ああ」
「ならば地獄へ行くことで合ってると思うが」

ますます意味がわからない。
自殺=地獄なんて聞いたこともない。正気か?

「待て待て待て!話が見えない。一体どういう繋がりがあるっつぅんだよ?」
「おいおい。冗談にしてはしつこいんじゃないか?」

それはこっちの台詞だ。

「ふざけるなよ!俺は真面目に言ってんだ。地獄に落ちなきゃなんないようなこと、何もしてねぇよ……」

そう呟いた瞬間、それまでずっとほくそ笑んでいたこいつの顔から、スッと笑みが消えた。

「……本気で言ってるのかい?」

さっきまでとあまりにも声のトーンが違う。

「死ぬことに何の罪悪感も無いということか」
「え……?」

すると、奴はスッと立ち上がり、俺の方へ近づいてきた。
気づいたときには、目と鼻の先にこいつの顔があった。

「わわっ!」
「もっと自分の頭で考えてみろ」

思わず後退りしようとした俺は腕をがっしりと掴まれた。その手は驚くほどに冷たい。俺を見据えるこいつの目は、獲物を狙う肉食獣のごとく鋭く光っている。
俺はもうこいつに怯えることしかできない。

「はっ……離せ……!」

腕から手を離したと思ったのも束の間、襟元をひっつかまれてぐっと引き寄せられた。鼻と額がぴったりとくっついている。

「……っ!!」
「自分がいなくなって悲しむ者がいると、どうして思わない!」

囁くような声。俺の顔にこいつの吐息がかかる。
相変わらず淡々とした口調だが、その声には、微かにではあるが怒りが感じられる。

「それに、自殺した者の遺体の処理が大変なことぐらい、君だって知ってるだろう?」
「……っ。離れろっ」

――どさっ。
気がついたときには、俺はあいつを突き飛ばしていた。

「痛いなぁ」

やれやれと起き上がったこいつは、パタパタと身体をはたくと、何事も無かったかのように座り直した。

「他の奴のことなんか知るかよ!」

こいつに俺の何がわかる…!
大体、俺が死んだところで何の影響も出るはず無いんだ。所詮そういう世の中だ。

「わかった」
「えっ?」
「そこまで言うのなら、君を地獄へ連れていってやるよ」

こいつの顔に再び笑みが浮かぶ。

「いいよ、もう」
「……?」

拒否されるとでも思っていたんだろうか。こいつは訝しげな顔で首を傾げた。

「地獄でもどこにでも、連れてけばいいだろ。どうせ生きてたって変わんないんだ……」

脳裏に浮かぶ嫌な記憶。ついさっき起きたことなのかと思えるほど、はっきりと鮮明に覚えている。
忘れるものか……!

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫