《MUMEI》
第3章T
みんなの様子がおかしいと思い始めたのは、確か小学4年生の頃だったろうか。

――ガラッ。
「おはよう!」
「…………」

いつもはガヤガヤと賑やかなはずの教室内は、俺が扉を開けたとき、驚くほどに静かだった。
いつもは俺が教室に来たら、カッちゃんとかが真っ先に飛んでくるのに。

「おはよ、カッちゃん。今日、やけに静かだな」
「あ、ああ。そうだな」

……?何だ?
歯切れが悪いというか、不自然というか、いつものカッちゃんじゃない。

「どうかしたのか?」
「いや……」
「あ、そう……。なぁ、大樹!昨日のサッカー見た?」

返事がない。
聞こえなかったのかと思ってもう一度声をかけたが、大樹は教室の後ろの方で他の男子たちと喋っていて、俺には目もくれない。
俺、あいつらに何かしたかな……。
大丈夫。明日には元に戻ってる。カッちゃんも大樹も、ずっと同じクラスの親友なんだ。
そう自分に言い聞かせた。
でも、それは叶わなかった。


「あれ?俺の教科書がない……」

確かにランドセルに入れておいたはず。

「なぁ、誰か俺の教科書知らね?」
「…………」

やっぱり返事はない。
仕方なく教室内をあちこち探してみたが、それらしき物はどこにも無かった。
――キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴ってしまい、俺は教科書がないまま席に着いた。

「高野、教科書どうした?」
「すみません。なく……忘れました」

このとき、どうして「忘れた」と言ったのか、自分でもよくわからなかった。ただ、その方がいいと、幼いながらにも直感で感じていたのかもしれない。

「忘れた?珍しいな。気を付けろよ。隣に見せてもらえ」
「はい。……ごめん、見せてくれないか?」

隣の席の吉田は黙って頷くと、そっと教科書を俺の方に寄せてくれた。
目も合わせずに。
いつもは明るくてよく喋る吉田が、こんなにも黙っていることなんてあるんだろうか。
やっぱり、このクラスは何かがおかしい。
いや……。このクラスと言うより、俺に対するみんなの態度が変わったと言った方が正しいだろう。俺以外の人同士なら、普通に喋っている。

まさか、俺……。
でも、何で俺なんだ?
俺、クラスのみんなの気に障ること、したっけか?そんな覚えはないが……。

大丈夫。きっとみんな遊んでいるだけだ。そのうち飽きて、また普通に接してくれるようになる。

そう信じていたのに……。


その日の放課後。
掃除当番でゴミを捨てに行ったときだ。

――バサッ。

外にあるゴミ捨て場にゴミを捨てようとしたら、ゴミにしては分厚くて大きな物が入ったような気がした。

「……?」

何だろうと思って覗いてみると、そこには普通に考えてあるはずの無いものが入っていたんだ。

「……!俺の……教科書……」

拾い上げてみると、所々埃で薄汚れてはいたが、黒のマジックで「高野弘信」と記されていた。
誰かが教室で捨てたんだ。

「何でだよ……!」

だんだん無性に腹が立ってきた。
こんなことされる訳が思い浮かばない。理由なんか無くても、イジメは起こる。そんな世の中だ。やられてみて改めて思う。
言いたいことがあるなら直接言えばいい。俺に不満があるなら殴ればいい。でも、物に手を伸ばして、精神的に痛めつけてくる。それが奴等のイジメってものだ。

カッちゃんたちは、俺の味方でいてくれると思っていたのに。俺が勝手に仲が良いと思い込んでいたんだろうか。

「……くそっ」

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