《MUMEI》

 「折神様、折神様。折神様は何所にお出でですか?」
翌日、扇の屋敷中に小さな足音が忙しく響いていた
何後か屋敷中を走り回っている折鶴
その足音で目が覚めたらしい扇が何事かと覗き込んでみれば
屋敷中が、折り鶴で埋め尽くされていた
一体コレは何事か
走り回るばかりの折鶴を途中に抱え上げてやる
「お前、何やってんだ?」
問う事をしてやれば
だが折鶴と正面から視線が重なる事はどうしてかない
軽く頬を打ってみても反応は薄く、明らかに様子がおかしかった
「千羽様、どうしよう。折神様が、折神様が何処にも居ないの!」
「折鶴?」
「折神様を見つけなきゃ。私の願いが、消えてしまう。消えてしまう!」
俄かに動揺し始めたかと思えば
唐突に折鶴の身体が弓なりに反り、引きつけを起こし始める
見るに酷いその引きつけに、折鶴の身体を強く抱いてやれば
漸くその震えはとまり、だが怯えの色はそのまま濃く残っていた
「……私、折神様の処に行かなきゃ。千羽様。ねぇ、折神様は何所に居るの!?」
結局話は堂々巡り
このままでは埒が明かない、一体どうすればいいのか
解りかね、困り果てていると
「折鶴様。折神様はあの高いお山の上に居られます」
足音も静かに姿を現した女中が見える一番高い山の頂を指差し、そう告げる
折り鶴が本当なのか、と女中の方を見やれば
「折神様は見つけるものではなく、その縁を折重ね出会うモノ。だから、焦らずとも大丈夫ですよ」
「でも、私……!」
「では、折鶴様の願いとは、なんですか?」
女中からの問い掛けに、折鶴は弾かれたように顔を上げる
そして考える間もなく
「……千羽様の病気が治りますようにって。だから、私鶴を折ったの」
「そうですか。……大丈夫、折鶴様が願いを持ち続ければ、折神様は必ず聞き届けてくれます」
だから今は眠りましょう、と宥める女中の手に誘われ
折鶴はゆるり船を漕ぎ始めていた
其処から寝に入るまでさして時間はかからず
扇に身を寄り掛らせ、穏やかな寝息を立て始める
「すまん、助かった」
礼を言ってやれば、女中はゆるり首を横へ振って見せ
扇の寝室、万年床となっている扇の布団の横へ、折鶴用の布団を敷き始めた
「……私は千羽様の願いでした。叶えてさえあげられなかったことへの罪滅ぼしには全然足りませんが……」
「華鶴……」
「折鶴様は私が守ります。この命に代えても」
決意を固めたかの様に強い表情を見せる女中・華鶴
その表情を見るに居た堪れなくなり、扇は背後から華鶴を抱きしめる
「千羽、様……?」
「……すまん。もう少し、このままで」
「はい」
それ位の願いなら叶えてあげられるから、と
華鶴は扇の腕の中
暫くそのままでいた扇が徐に、だがゆっくりとその腕を離す
「華鶴。朝飯の支度を、頼んでもいいか?」
腹がへったのだとの扇へ
華鶴は穏やかな笑みを浮かべ頷くと、その場を後に
遠くなっていく足音を傍らに聞きながら
傍らでは折鶴の寝息を聞いていた扇
その最中、部屋の隅に山積みされている折り鶴が目に入った
「……よくも飽きずにこれだけ折れたもんだな」
赤・青・黄
色取り取りのそれらを手に取ってみれば、随分と不格好なソレで
だが懸命に作ったのだろう事を想像し、扇は微かに肩を揺らした
「……とても、いい子ね。想う事がとても一途だわ」
その声に返す様に聞こえてきた覚えのある声
そちらへと向いて直ってみれば
唯佇むだけの影が、其処にあった
また何をしに現れたのか、睨みつけながら見てみれば
影は僅かにヒトの姿を現し
口元に薄い笑みを浮かべながら扇へと手を差し出す
その平に持っていたのは、黒い千代紙で折られた一羽の鶴
ソレを扇へと押しつけ、女は身を翻し、その場から消えていった
一体、何を言いたかったのか
解る筈もなく、怪訝な顔をしてみせる扇
考える事があまり得意ではなく、髪を掻き乱すばかりだ
「千羽様、あさげの支度が出来ました」
暫くして華鶴の声
解った、と短く返し、扇は未だ寝入る折鶴を起こしに掛る
「折鶴。華鶴がメシ作ってくれたが、食うか?」
「……ご、はん?」
未だ眠りの際にいる折鶴はぼんやりと返しながら
だがすぐに頷いて返し、扇へと両の手を差し出す
「千羽様、抱っこ」

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