《MUMEI》
マボロシ
「あー、またかよ」

レッカはそう言うと、めんどくさそうに頭を掻きむしった。

「昨日もだったのに?」

「なあ?ったく、迷惑な野郎だ」

そう言うと、彼はよっこらせと立ち上がり、部屋を出ようとした。

「あ、凜」

思い出したように振り向いたレッカは、制服の懐から丸い何かを取り出し、凜に手渡した。

「それ、預かっといて。今、お昼寝タイムだから」

「わかった」

「じゃ、先生。またな」

レッカはそう言うと部屋から出て行った。

「……いったい、何事?」

困惑する羽田は凜を見ながら言った。
すると、凜は手渡された毛玉をそっとベッドの上に置くと立ち上がった。
そして、羽田をぐいっと窓の近くへ移動させる。

「あれです」

凜が指差した空の上にそれはあった。
恐ろしく大きな魚。
それが空に浮いているのだ。

「あれって何?」

「マボロシと呼ばれている化け物です。今日は魚型ですね」

「今日はって…」

「昨日は蜘蛛型でした」

「え、気持ち悪……」

思わず巨大な蜘蛛を想像してしまい、羽田は眉を寄せた。

 そうこうしているうちに、魚マボロシは尾を振り、その下に建つビルをおもちゃのように崩していっている。
尾やひれが建物にあたる度、爆発音と振動が響いてくるのだ。

「あそこって、たしか」

「オフィス街ですね。きっと、あの一撃で何人か人が死んでます」

「大変じゃない!なんでそんな冷静に見てるのよ?」

「いつものことですから」

「いつも?」

「昔はそうでもなかったんですけど、最近は数日置きに現れては町を破壊してるんです。そして、多くの人が死んでいく。わたしは何もできないから見ているだけ」

「なんで何もできないのよ?あるでしょ?避難する人達を誘導するとか」

 羽田が厳しく突き詰めると、凜は恐ろしく冷たい目で見返してきた。

「さっきも言いましたけど、私の姿はレッカ以外にはほとんど見えない。それに、この世界の人は自分の身を守る術ぐらい持ってるんです。わたしがあの場に行っても何の役にもたたない。ただ、目の前で逃げ遅れた人が下敷きになり、潰れていくのを見ているだけ」

「……津山さん」

羽田は悟った。
おそらく、彼女はあの場へ行ったのだろう。
逃げ遅れた人たちを助けようと。
そして、知ったのだ。
自分の無力さを。

「ごめんなさい」

「何がですか?」

謝る羽田を凜は、さっきとは違ういつもの無表情で見つめていた。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫