《MUMEI》

 先頃、巷で横行する魑魅魍魎に人々は悩まされていた。泣き寝入りするしかない者、法力や法術を持つ者に退治を依頼する者など、組織として個人としても選択は様々である。
 錫杖を手にしている者は僧か修験者であるという常識からか、男は村人から石切り場で起こる怪異の解決を依頼された。社を建立するための石材採掘作業などが行われていたのだが、ここ数日のこと、昼過ぎになると山中での作業が滞り、遅々として進まない。
 ただ、石切り場では滅多に見ることのない女の姿が度々、目撃されていたという。
「つまり、女人に化けた石の妖怪だったというわけですな」
 割れた巨大な石を運び出すための指示を石工長に出すと、村主は腕を組んだ。
 魑魅が取り憑いた石をも奉納するつもりらしい。
 村は里神楽の準備で喧騒に溢れていた。
 錫杖の男は元々、祭文語りのために呼ばれていたのだが、余計な仕事を行ったわけである。偶然とはいえ謝礼は充分に期待できるであろう。ただ、彼には懸念が一つ。
「砂鉄の採れる山ですか。二山ほど越えたところにあるんですがね。悪い噂がありましてな」
 男の問いに村主は、法力の効かない妖怪が件の里に出現しているのだと声を潜め、続けて答える。里の女たちが襲われたり、性質の悪い病が蔓延しているらしい、と。
 高名な僧侶でも退治できないとあって、里に近づく者は滅多にいなくなってしまったという。何の用事があるかは知りませんが諦めて、修験者殿も聞かなかった振りが身のためですよとの忠言はありがたいが、当事者たちにとっては全くの悪循環であろう。
 だが。男にはやむにやまれぬ事情があった。
「刃が、こぼれてますね」
 神楽を舞う予定の村人たちなのか、数人が村主と錫杖の男の背後を通り抜けていく。岡目や火男の面を被った者たちの一人がそう囁いて振り返ると、男を意味ありげに手招いた。
 男の錫杖の細工は村人の誰にも知られていないはずである。現に村主は、彼が法力のみによって魑魅を退治したのだと思い込んでいた。ましてや、巨大な石の所為で、仕込み槍の穂先が欠けてしまったことまで気づかれるなぞ。
 面の者の意図は不明だが、無視することもできなかった。

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