《MUMEI》

何かあるのか、と問うてみれば
五月雨は何やら憂う様な表情を猫ながらに浮かべて見せながら
「……探しにいってやろうと、思うてな」
「さっきの影を、か?」
「そうだ。あれだけはないがあっても導いてやらんと」
「……」
真剣な五月雨の横顔に
乾は意を唱える事はせず、頷いて返してやる
「……俺でいいなら、付き合ってやるよ」
先の影が気に掛るのは乾も同じだった
アレが一体何を望み、なにをしようとしているのか
どうしてか、乾は知らなければいけない様な気がしたのだ
「じゃ、俺学校行ってくるから」
「何だ、出掛けるのか?」
「ああ。だから、大人しくしてろよ」
子供に言い聞かせる様に伝え、乾は身支度を始める
出掛け際、五月雨の方へと向いて直ると
大人しくしている様改めて言って向け、出掛けて行った
「……一々口喧しい奴め」
乾の姿が見えなくなるなり、愚痴る様な呟き
溜息の様なソレを吐きながら
五月雨は昼寝でもしようかとのらりくらり縁側へと向かった
どっこいしょ、と年寄りの様な掛け声と共に腰を据え
そして寝入る事を始める
穏やかな寝息を立て始めた、その直後
五月雨はすぐ間近に気配を感じ、身を起こした
辺りを見回してみれば庭に、大量の影が群れている事に気付く
「……お前等、何をしておる?」
寝入りばなを邪魔され、明らかに不機嫌な顔
唯漂うばかりの影達を睨め付けてやれば
その視線に慄いたのか、影達が一斉に散り散りに消えて行った
「……阿保が」
吐き捨てる様に呟き、五月雨は外へ
普通の猫の様に近所を散歩に歩きながら辺りを見て回る
その道すがら、交差点に差し掛かるなり
五月雨は影の気配を背後に感じた
向いて直り、見てみた其処にあったのは
今までとは僅かに違う、薄くなった影
まるで五月雨を誘うかの様にソレは蠢くと
何処へか進む事を始める
「……付いて来い、か」
ソレに導かれるかの様に後を付いて行けば
何もなく、唯広いばかりの場所へ出た
そしてす其処に群れをなす影達
五月雨の姿を見るなり、また飛散して行く
「……大丈夫。この猫は何も傷つけない。今は」
その黒の中から現れたのは長い黒髪の女性
ゆらりゆらりと揺らめきながら
周りの影達へ柔らかく目配せをする
「……久しいな。標糸。いや、時子」
影達がゆるりと飛散していくのを横目に見ながら
それ以上、五月雨は何を言う事もせず辞してと対峙していた
五月雨の言葉に、何を返す事もせずしては唯其処に在る
「……あの子たちを、連れて逝くつもり?」
「それが儂の仕事だからな」
居ながら、五月雨は身を翻し
相手へと向け、二股に分かれた尻尾を態々振って見せる
「……私の事は、導いてくれなかったくせに」
その様を眺め見、小さく呟いた声
それ以上は何を言う事もなく
五月雨へと一瞥をくれてやり、その姿は消えていった
消え入った後を睨みつけ、だがすぐに五月雨もその場を後に
すっかり散歩を擦る気を削がれてしまった五月雨
仕方なく、乾宅へ戻る事に
「成程、そろそろ皆が動き出す刻か」
空を仰ぎ見てみれば、暮れかけの代々の色
その彩りに、五月雨の姿がゆらり変わり始め、そして巨大なソレに
人目に付いては流石にまずいだろうと
木の上に何とかその身を潜ませた
「……五月雨」
下からの突然の声にそちらへと向いて直ってみれば
其処に、乾が立っていた
「よく、そこに収まったな」
「感心するべきは其処か」
「……それより、どうするんだ?その格好」
「この姿で歩きまわる訳にもいかんからな。日が暮れるのを待つしかないだろう」
面倒だが、と溜息を吐く五月雨
木の上にて窮屈そうに身を縮ませる五月雨の様子を見
何を思ったのか、乾は気をよじ登り始めた
「何だ?」
「別に。何かみえるのかと思っただけだ」
五月雨の身体に身を凭れさせ、景色を眺め見る
見据えた先には橙に染まる最中の空
一日の終わりを迎える為の、始まりの色だった
「いい色じゃろう?」
「そう、だな」
「もうじき日が暮れる。余り遅くなるとあの老いぼれが心配するんじゃないのか?」
「けどお前、その格好じゃお前、帰れないだろ」
だから日が暮れるまで待つ、と
五月雨んぼ身体に寄りかかり目を閉じる

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