《MUMEI》

 その日は朝から体調があまり優れなかった
大学の授業はを何とか午前中こなし漸くの昼休み
食堂にてお冷片手に突っ伏していると
「広也――。何か顔色悪いけどどうした?」
三宅が木橋の額へと缶ジュースを当ててきた
その冷たさに、だがさして驚く事ななく
寧ろ気持ちがいいと突っ伏してしまう
「広也。お前、本当に大丈夫か?」
心配になったのか、、木橋の額へと三宅の手が触れて来た
「熱っ!お前、すげぇ熱だぞ!」
「熱……?ああ道理で」
指摘され、身体のだるさに納得がいった
昨日色々あったから、精神的なものなのだろうと、冷静に自己分析していると
「お前、なんでそんな人事なんだよ。ほら、今日はもう帰れよ。俺、送ってやるから」
腕を、引っ張られた
木橋はソレをやんわりと解くと、一人で帰れるからと三宅へと告げ荷を抱えその場を後に
その途中
「広也!お前、昨日は大丈夫だったか!?先輩に何もされてねぇか!?」
三宅は三宅で心配してくれていた様で
だが事実を告げる気にはなれず、僅かに笑みを浮かべて見せ手だけを上げて返した
歩いて帰れるだろう、と意気込んで学校を後にした木橋だったが
すぐに身体のだるさが増し、その場へと座り込んでしまう
このままでは帰れない、どうしたものかと考えこんでいると
「広也?」
前から在るいてきた人物が木橋に気付きその脚を止める
誰かと、そちらを見上げてみれば
「……兄、貴?」
以前に尋ねた家の家主で木橋の実の兄である木橋 和広
休憩中なのか、何やらコンビニの袋を抱えていた
「……」
何を返す事もしないでいる木橋の様子を暫く眺めていた和広だったが
すぐさま、木橋の身体を抱え上げていた
「なっ……!降ろせ!」
行き成りの事につい怒鳴ってしまえば
だが和広は黙れと一言で木橋を黙らせると
都合よく近くに停車してあったタクシーへと木橋を押し込んだ
「……これ、タクシー代。さっさと帰って寝ろ」
手に万札を握らせると運転手へと行き先を伝え
行ってくれ、と戸を閉めた
後はもう連れて行かれるまま
自宅も間近になり、信号待ちで車が止まる
もうここでいいから、と運転手へと代金を支払い車を降りた
このまま家には帰りたくないと
熱がある事も忘れ、辺りをうろつく
「……広也君?」
また声をかけられ
次はだれなのか、と向いて直ってみれば
其処に、高野がいた
高野も同じく昼休み中なのか、その手にはパンと缶コーヒー
どうしたのかを尋ねられた瞬間
高野の姿に安堵したのか、途端に木橋の身体から力が抜けて行く
「ちょっ……、どうしたの!?」
崩れ落ちて行くその身体を、パンとコーヒーを投げ出し受け止める
コーヒーがこぼれ、パンが落ちて行く様を横目に見ながら
だがその腕に縋ってしまう
「すごい熱……!何でこんな処うろついてんの!?」
「……家、帰りたくなかった、から」
「はぁ!?何で!?」
「……嫌、なんだよ。何でか解んねぇけど、嫌なんだって!」
家に帰った処で誰も居はしない
誰もいない静まり返ったそこへ帰るのは、今は嫌だったのだ
「なら、ウチにおいで。俺はまだ仕事だから送ってはあげられないけど、一人で行ける?」
「多分、大丈夫」
「……じゃ、これ鍵。今、タクシー拾ってくるから」
ちょっと待ってて、と走って行く背中を見送りながら
木橋は高野に拒まれなかったことにホッと胸をなでおろした
暫く後、高野が捕まえたタクシーにまた押し込まれ、今度は高野宅へ
渡された鍵で中へと入り、ベッドへと横になれば
すっかり自分に馴染んでしまった高野の匂いがすぐ間近
また安堵に胸を撫でおろせば、同時に重くなる瞼
大丈夫、此処は安心できる場所だから、と
木橋は眠気に逆らう事無く目を閉じた
「……広也君?ちゃんと来て寝てる?」
数時間後
帰宅してきた高野が物音も静かに家の中へ
言い付けを守り、ベッドの上で蹲る様に眠る木橋を見
高野はフッと肩を揺らした
「……っ」
「ごめん。起こした?」
ゆるり目を覚ました木橋へと謝ってやれば
だが木橋は寝起きが故か、ぼんやりとしたままで
目の前で手をチラつかせて見せれば漸く視線が重なった

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