《MUMEI》

 最初から何もかもが、全て、出来すぎである。
 世の中に偶然というものは存在しない。
 里神楽の祭文語りの仕事依頼から、疑っていいだろう。ここまで何者かが垂らした思惑の糸を、順調に辿ってきてしまったに違いなかった。
 まるで逃れられない柵である。絡みついて、通さず、捕まえて、離さない。
 連理の柵ででもあれば、やる気も多少は発揮できるのだが。
 数日後、錫杖の男は鍛冶の里にいた。
 手にしている錫杖に仕込まれた槍の穂先に、刃こぼれはない。
 火男が鍛えた槍の刃は、元鍛冶職人の目で見ても見事な仕上がりであった。一体どんな手業なのかという神懸った輝きを放っており、依頼を引き受けたのを早くも後悔させた。
「娘を手助けしてやってはくれまいか」
 火男は言った。鍛冶の里で数日後、婚礼が行われる。
 儀式は三度目であり、新郎は三度とも同じ人物であった。新婦の一人目は病で亡くなり、二人目は子供を身籠ったものの流産し、離縁された。不吉な噂のある新郎に抵抗があるのか、三人目は中々決まらず、ついに白羽の矢が当たったのが火男のいう娘である。
 錫杖の男は、三度目の祝言の場に紛れ込んでいた。寝ず見の役を仰せつかっている。
 新郎は里の権力者の養子であった。儀式の合間に漏れ聞いたところでは、権力者には息子がおらず、娘が二人いたのだが、慌てるように遠方へと嫁いで行ったらしい。
 恐らく、里で立場の弱い者が新婦の役を押しつけられているのではないか。
 火男が鍛冶の里を離れている以上、娘に現在、後ろ楯はないだろう。
 個人は集団に適わない。組織はいつだって、個を貶めることができる。
 寝ず見とは初夜の見届け人。実態は、新妻が逃げ出さないように監視する役目であろう。
 白無垢白粉の新婦はもちろん美しかった。遠目だが、新郎はすでに酒を何杯も呷ったかのように真っ赤な顔をしており、まるで猿のように見えた。いやどう見ても猿であった。
 確か。
 五通七郎諸神に猿人のような山鬼がいた。女好きであり、家に押し入っては女人に乱暴し、子供を産ませるという。さらには盗みを働き、放火して立ち去って行く傍若無人ぶりである。おまけに山鬼は、法力では退治することができなかった。

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