《MUMEI》

 じゃらん、じゃらんっ
 錫杖の卒塔婆形部の輪が重く鳴り、もう一度同じ音がした。
 素槍の穂先が魑魅の顔面に突き刺さったまま、柄が大きく下方へと、しなっている。
「天目一個神か?余計なことを」
 娘は姿勢を低くせず、山鬼の頭上に跳躍していた。
 身軽にも錫杖の柄部分に降り立つと、男を尊大に見下ろし冷たく言い放つ。祝宴を挙げたばかりなはずの新妻が醸し出す雰囲気なぞ、欠片も存在しなかった。
 振り向いたのは一瞬で、懐に両手を入れて独鈷の武器を取り出すと、もう一度跳躍する。
 男が素槍を引き抜いた拍子に、山鬼が苦悶して叫び声を上げた。ほとんど同時に、頭上から躍りかかった勢いと彼女自身の体重をかけた一閃で、猿面の首が、ごとりと落ちた。
「坊さん。あんた、早まったな」
 改めて言われなくても、わかっていた。自分にとっての代償が、どう見積っても大き過ぎるのだ。
 娘が先程、口にした名で、男は自分の現状を確信する以外になく、腹は括ってしまった。
 神は無償という概念を持っているだろうか。残念ながら彼らは、見返りがなければ何もしてくれない。必ず代償となるものを要求する。理不尽な契約であっても、等価交換は原則なのだ。
 天目一個神とは、鍛冶神の祖である。神懸った出来の素槍の刃を手に入れたのであれば、同等の条件を返さなければならないのだ。
 今夜の槍一突き程度では、到底見合わない。
「坊さんじゃなくて、レン、と呼んで欲しいなぁ」
「レン?」
「聖観音が育ての親なもんでね」
 錫杖の男の軽口に、彫物の娘は、にやりと笑ったようだ。
「蓮座か」
 観音像の台座のことである。
「それなら。あたしはヒガンと呼べばいい」
 曼珠紗華の別名を彼岸花という。
 月光に、彼女の左頬の彫物が映える。花弁は首筋にまであり、背中まで続いているのだろう。
 見事な様は未だ眼窩に焼きついている。
 彼らは、魑魅の今際の叫びで喧騒と騒動に塗れた屋敷を、早々に後にしていた。

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