《MUMEI》

帰宅すると料理にはほぼ手が付いていない状態だった。
彼は恋人に食べてもらうために準備していたのに。

以前の強姦の件もあり、静かな部屋が不安になってノックする。

「はい」

弱々しい返事だがよかった、部屋に居るみたいだ。


「入っていいかな?」

顔を見たくなる。


「はい。」

布団に包まって、口許を隠していた。目が赤く充血している。


「その……料理食べたよ。美味しかった。」

極力、無難な言葉を選ぶ。


「よかった。」

それは、こちらの台詞だ。掠れた声には落ち着きが残され、彼の人格は保たれていた。

「その……恋人を見たよ。遠目からね。」

二人で空港へ向かうタクシーを拾うのをバーの窓から見た。


「え……」

つい、彼の性癖を彼の前で認めてしまった。
私の口から言われるのは、かなりショックだったようで言葉を失っている。

「君には幸せになって欲しいんだ、彼で満足しているのかな……なんて、余計なお世話だったよね。」

恋人に会った後、タクシーに笑顔で乗り込む二人を見ていた。
私には彼等が最強に幸福に映ったのだ。




「恋人と幸せにね。」

つるりと、つっかえているものが取れた。
これでいい、心からそう思えた。

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