《MUMEI》
channelメガネ君
吹奏楽部がパート毎に音を合わせ不協和音となってこだましていた。
今日の最高気温は35度と朝にお天気お姉さんが言っていた通りで、グラウンドの土埃がゆらゆらと蒸気で揺れている。

「ッくぞー!」

「「エーイ!!」」

部長に合わせて掛け声をかける、まずは腹から声だしをしながら校周の走り込みだ。
俺は元々足が速い訳ではないので走り慣れた上級生に次々追い抜かれてゆく。

「一年遅いぞー。端行けー。」

真後ろから憧れの神林先輩に声をかけられた……というよりは急かされた。
神林先輩はプロからも既にスカウトされるくらいの才能に満ちた素晴らしい人である。攻守共に出来るオールマイティなプレイヤーとして他校からも評判だ。
そんな先輩に声をかけて貰えたなんて今日は好運である。

「すみま……せ……」

やばい、暑さと緊張で先輩の顔が揺らめいて見える……先輩にぶつかった瞬間、ちょっとだけいい匂い嗅いだ……へへへ




_______

「起きろ」

激臭で覚醒した。
目の前に大きい上履きが転がっている。多分先輩のだろう。

「……!  俺倒れたんですか?!」

「熱中症だーとよ。」

情けない、新入部員だとしてもこんな軟弱なとこを見られて顧問の先生にも神林先輩にも失望されただろう。

「まあ今日は今年一番の暑さだったからな。それよりお前の眼鏡踏んじまったんだけど……」

渡された眼鏡は綺麗に真ん中からフレームが折れていた。

「いいです、度も合ってなかったから発注していたとこなんで。励ましてくれて有難うございます。」

「今のって……励ましたか?俺は今日の後輩倒れたら助ける係だから当然のことでもあるんだけど。
まあ、メガネ君のメガネがなんとかなるならよかったわ。弁償ってなったら俺の小遣いじゃ返せないし。
てか、いっそのことコンタクトにすれば!メガネ君って意外とベビーフェイスだからそういうペド姉ちゃんにモテそう。」

「ペ……?」

新しく流行っているギャグか?

「わかってないならいいや。
そうそうメガネ君の雰囲気って誰かに似ているんだよな……うーん……?そうだ!西斉中のヒメだ。」

「あ、それ兄です。親が離婚したんで俺は立花の姓なんですけど。」

世間は狭いな、兄ちゃんと神林先輩は知り合いだったのか。

「まじか!!
おーい!聞いて聞いて部長!メガネ君ってヒメの子供なんだってさー!!」

窓からグラウンドに向かって神林先輩が叫ぶ。
ナニー!という部長の雄叫びが響いていた。

「兄ちゃんは産めません!兄弟ですよ!学校も違うしそんなに公にしたくないんで……ってもう遅いんでしょうけど。」

『王子ー!!メガネ君て誰だよ!』

思い付きで神林先輩が名付けた俺のあだ名を部長が聞いてきた。
ちなみに神林先輩は類い稀なるルックスで王子と呼ばれている。

「コレー!メガネくーん!」

俺の首根っこを持って窓に配置された。
大袈裟に指している。


『なんだーメガネ君メガネかけてねーじゃん!ブハハハハ』

部長の笑い声が大きすぎて顧問に叱られていた。


「部長って酷い汚い笑い方するよなー?!メガネ君!」

叱られる部長を楽しそうに眺めていた、俺は更にそれを眺める。
先輩の掘りの深い鼻は少し上向き気味で、そこがまたカッコイイ。
新たな発見だ。

そしてその先輩に今日あだ名を頂けて嬉しい。
走り込みは大変だけど、先輩のこの横顔が見れるならまだまだ頑張れる。

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