《MUMEI》

遠目からでも目立つ先輩……今日も素敵だ。
先輩は中学時代の部活の先輩だから声がかけにくい。
俺は名前書いたら受かるようなアホ高校で質素な学ラン、一方私服の公立高校に通う先輩は常に色んな女の子が隣に居て話し掛けるのはおろか、こんな地味な野球部補欠だった俺を覚えているかも疑わしい。

今日の先輩は髪を新しく染めた、紅茶みたいな茶色に横はさりげなく刈り上げている。
七分袖の襟が少し広くなった白いシャツ、黒いスキニーパンツ、アクセサリーは時計と小さめのネックレスのみ……。靴は先が丸くて可愛い。

向かいのホームで電車を待つ先輩のファッションを毎朝手帳に記録する俺は、正直気持ち悪いだろう。
でも学校が離れてからカッコイイ先輩を拝める俺の至福のひとときなのだ。

半径5メートル以内の幸せ……。
先輩は一年の頃から野球部のレギュラーで格好良くてたまに子供っぽくて……憧れだった。膝を壊してから勉強一本で進学校に合格して、本当に凄い人だ。


「あ……」
先輩の後ろに一昨日一緒にホームにいた女の子が立っているかと思ったら、今日居た女の子とで嘖いになって、先輩は一人ずつにビンタされた。

先輩、大丈夫かな?俯いたままだ……痛そう。
ビンタされた反動でSuicaも落とした……気付いて先輩。

念じていると先輩と目が合った気がする……でも、Suicaを忘れて電車に乗ってしまった。
反対車線に走って落とし物を拾う、黒い合成革のパスケースだ。パスケースの中はやはりSuicaで、それを授業中は小出しにして眺めていた。
先輩、昨日Suica落としましたよ……頭の中で一晩中シミュレーションしたのだ、間違えないはず。
今日の先輩は青と白のボーダーにスキニージーンズ、アクセサリーは時計と木製のクロスのチョーカー靴は白のスニーカー……つい習慣で頭の中で分析していた。
その距離約1メートル範囲内。


「神林先輩覚えてますか中学の野球部員の立花です、昨日先輩、Suica落としましたよね……」

「笑いに来たの?」
勇気を出して声をかけたが、先輩の態度は予想を超えて冷ややかだ。

「面白くないのに笑いませんよ。」

「嘘だ、毎日の格好とか連れた女のことまで書いて、俺の失敗見て笑っていたんだろう。」

「その手帳はっ……せっ、先輩が毎日カッコイイから!そう、ファッションの参考にしようと!」

「なんだ、お前ファッション誌読んでるの?」

「へ?雑誌?」

「読んでないのかよ。俺が雑誌で撮られてるの。」

「先輩雑誌でモデルしてるんですか!凄いなあ、絶対買うんで雑誌の名前教えて下さい。」

「なんか話ズレてないか?……立花だっけ、野球部ね……。ああアレか。メガネ君だ。」

先輩が俺のこと覚えててくれるなんて光栄だ。

「ヒメ元気?」

ヒメとは俺の兄のことだ。両親が離婚したので中学も苗字も違い、比較的見目好い兄は姫田という苗字からヒメと呼ばれていた。
先輩は当時から人気者でカッコイイから王子と呼ばれ、お互いの中学で交流試合になると兄と合わせてヒメと王子の対決なんて持て囃されていたものだ。


「はい。大学でも野球してます。」

「お前は辞めたんだな。髪が伸びてる。」

辞めたというか、辞めざるをえなかった。

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