《MUMEI》

「……おかえり」
微笑みをいきなり浮かべて見せたかと思えば
木橋の手が高野へと伸ばされる
珍しく甘える様なソレに、高野は寝ぼけているのだろうと
子供あやすかの様に背を撫でてやるばかりだ
「お腹、すいてない?コンビニので悪いけど、メシ買って来たから」
一緒に食べようと木橋を横抱きに抱え
食卓へとつかせてやる
「どーぞ。デザートにはプリンも買ってきたから」
「……ん」
手渡され、箸を受け取り食べ始める
食事が進むに連れ、木橋の意識もはっきりとし
デザートに差し掛かる頃にはすっかり眼が覚めていた
「……お前のプリン、美味そう」
「ん?」
「一口、食わせろよ」
まるでだだっ子の様になり
高野はやれやれと一匙掬って木橋へと差し出す
嬉しそうな笑みを木橋は浮かべながら
唇を開け、それを食べようとした瞬間
高野がその唇を、食む様に塞いでいた
「……んぅ」
「駄々をこねてくれるのは嬉しいけど、あんまり無自覚に男を誘うモンじゃないよ」
「誘、う……?」
「あまり無防備過ぎだと、俺の理性が吹っ飛ぶよ。いいの?」
また唇を重ねながら
高野は困った様な笑みを浮かべ木橋を横抱きに抱え
「ね。だから今日は大人しく寝てて」
木橋の身体を柔らかく押し倒す
そのまま離れて行こうとする高野の腕を
木橋は掴み返し、強く引き寄せていた
「広也君!?」
「俺の事、襲えよ」
熱の所為か、自身が何を口走っているのかがよく解らなかった
だが今この手を放してしまえば
二度とこの男は自分に触れて来る事はないのでは、と強く掴む
「広也君、あのね……」
「気持ち、悪い。まだ、あいつの手の感触が残ってるみたいで」
昨日の今日でまだ恐いのだ、との訴えに高野は暫く無言で
だがすぐに短く息を吐くと、唇をゆるり重ねてやった
「……」
「広也君。今君に触れてるのは誰?言ってみて」
「……」
「言って。広也君」
優しい強制
その声に誘われ、木橋が閉じていた目をゆるり開きながら
「……タ、カノ」
掠れる声で、返してやる
高野はだが苦笑を浮かべると、木橋の身体を抱きしめていた
「名前で呼んでよ。こういう時位」
「な、まえ……」
「そ。律って呼んで。広也君」
「り、つ……」
自分に触れているのはもうあの男ではない
それを理解するかの様に名を呼びながら高野の背に腕を回す
すっかり自身に馴染んでしまった高野の体温
撫でてくるその手は優しく、何所までも木橋を甘やかす
この手が自分だけのモノになればどれほど楽に生きられる様になるだろうと
全てをゆだねたくなってしまう
「大丈夫。広也君一人くらい、甘やかしてあげられる余裕はちゃんとあるから」
だから安心して、更に抱きしめられる
何処までも優しい高野の声とその手の平に
木橋はソレまで意識して抱く事をしなかった感情を漸く抱き始めた
「……欲しいんだよ。律」
自分からソレを確実なものだと知る事の出来る言葉が欲しい、と
唯それだけを素直に乞う
「言葉だけで、いいの?広也君」
それ以上の何かを言えないでいる木橋へ
引き出してやるかの様に高野の言葉がソレを誘う
木橋はその意図に気付きながらも、言葉にして返すのは気恥ずかしく
高野へは口付けを返す事でその意志を示してやった
「好きだよ。広也君」
「いつまで?」
「ずっと。広也君が俺の方を向いていてくれる限り」
だからずっと自分の方を見ていて欲しい
それほどまで切に求められてしまえば
木橋に否を唱える事など出来る筈もなかった
「……俺なんかで、いいのかよ?」
思えば、他人を想う事が昔から不得手だった
想っても想われず
その事にいつも気付かされるから言う事をせずに終わる
それ故に自分から想う事など止めていたというのに
「広也君じゃないと俺、駄目だから」
この男の言葉で、それはいとも容易く終わりを告げていた
想えば、それ以上のモノをこの男がくれる筈だからと
素直に求める事が出来る
「俺も、そうなりたい」
誰かが傍に居なければ耐えられないと思えるほどに
目の前の男を好きになってみたかった
「……焦らなくてもいいよ。俺はずっと、待っててあげるから」
「ソレは、嫌だ。今がいい」
未だ不確かな感情として放置しておくのではなく
確かなソレとして形にしたいのだと

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