《MUMEI》

こうやって甘えてくれるのも寝ぼけている時だけだ、と
扇は笑みを浮かべながらその身体を抱え上げ、隣の座敷へ
食卓に用意された食事を両の手を合わせ二人同時に食べ始めた
「お口に、合いますでしょうか?千羽様、折鶴様」
その傍らで給仕する華鶴が穏やかな声で問うてくる
その柔らかな笑みに折鶴は真面の笑みを返し、扇は頷いて返す
穏やかに流れ始める、朝の一時
食事も終わり頃、折鶴は扇の着物の袂に何かが入り込んでいる事に気付いた
「……千羽様、これ何?」
それを取って出し、眺め見た折鶴の表情が俄かに引き攣り
身体をどうしたのか小刻みに震わせ始めた
「……黒の、折り鶴……?」
増える手の平から落ちる折り鶴
ソレは瞬間に解け、その色どりに辺り一面が染まり
全てを覆いつくしてしまう
「千羽様、逃げてぇ!!」
折鶴の悲痛な叫び声
気付き身を翻した、次の瞬間
その黒の中からあの女の姿が現れた
「……私は、望みを、叶えたい。その為に、あの子が、要るの」
口元に厭らしい笑みを浮かべて見せながら
扇の頬へと、求める様に、縋る様に手を伸ばす
「……あの子を縛っているのは、あなたへ対する願い、望み。だから――!」
触れる寸前、その手の平に現れたのは刃物の様な何か
その刃先が、扇の首筋へと宛がわれる
「私は、貴方を殺す。あの子は、私の願い、なのだから」
引かれた刃物
寸前に扇は身を翻し、致命傷は避ける事が出来た
だが決して浅くはない傷を戴いてしまい、多量の血が扇の着物を汚す
「貴方は、一体何なの?」
「何の事だ、突然」
まるで自身が人外だと言わんばかりの物言いに
さも心外だといった表情を浮かべて返す扇
ソレが見えているのか居ないのか
扇の頬へ、また女の手が触れてくる感触があった
「……望みを持てないヒトは、とても哀れ」
同情の様なソレに、だが扇は何を答えて返す事もせず
相手を、唯斜に見据えるばかりだ
「……な、に?その眼は。どうしてそんな眼で私をみるの?」
自分が人では無い事への蔑みなのかと
動揺に震えてしまっている声に、扇は答える事はせず
ソレを諾と悟ったのか、ゆらり動揺にその身体が歪む
「……捧げ、なければ。願いを、私の、折り鶴を」
独り言の様に呟かれたソレの後
黒の景色の中突然、様々な彩りの折り鶴が視界を覆う
状況判断が咄嗟に出来ず、取り敢えず辺りを見回した、その直後
「千羽様ぁ!!」
折鶴の叫ぶ声で、その居場所を知る事が出来た
彩りをかき分けるように進み、そこへと辿り着けば
相手が折鶴を抱え上げている、その影が見えた
「……折神様。今、供物を供えに参ります」
折り鶴を抱えたまま、身を翻す結鶴
その姿を彩りの中に見失わぬ様にと、後を追おうとした矢先
積り逝く彩りは柔らかな己を鋭いソレへと変え扇へと向く
扇一人ならば、避ける事はできた
だが傍らに居る華鶴をこのままにしておける筈がない、と
彼女の身体を抱き込んでいた
「千羽様!?」
「動くな。怪我したくなかったらな」
「ですが、このままでは千羽様が……!」
段々と傷を負うて行く扇の姿に華鶴の表情が歪み
何も出来ないで居る自分がもどかしく、涙すら浮かべてしまう
「……ヒトは、愚か。だから、乞い願う」
その様を横目見、結鶴はその姿を折鶴と共に消す
ソコで漸く彩りも落ち着き
後に残ったのは、散々に散らかった部屋の有様だった
「そ、んな……。折鶴様」
折鶴が居なくなってしまった事に動揺を隠しきれない華鶴
顔を両の手で覆い、その場に崩れ落ちる様に座り込んでしまう
「大丈夫か?華鶴」
落ち着けてやる様に背を撫でてやれば小さく頷いて
扇へと向いて直ると、緩く首を横へと振り始めた
「千羽様は、お辛くはないのですか?苦しくはないのですか?どうして、千羽様は……!」
自らを省みる事をしないのか、と怒る様な口調
だがその表情は今にも泣きそうなソレだった
「……私、は何も出来、な……、今も昔、も」
声を堪え、肩を震わせる
何とか涙を堪えようとしている華鶴
扇は困った風な笑みを浮かべながら、その身を抱きしめてやる

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