《MUMEI》

スポーツをする人種にとって、神林は体格に恵まれていた。混雑した駅のホームで赤茶の頭が浮かんでいる。

「あっ、ヒメだあ。」

会った瞬間、抱き着かれる。中学時代と変わらぬ過度なスキンシップを取られた、この軽いノリが大嫌いだ。

「離せ!」

グーで腹を殴ってやると、拳がピタリと止まった。相変わらずいい腹筋してやがる。


「先輩おはようございます!」

ピシッと角度の揃った挨拶をする雪彦を遮るように間に入った。
雪彦がロボットみたいに動き始め、俺と居る普段と違う態度への衝撃を隠せない。

「暫く見ない間にヒメが王子っぽく垢抜けてる!大学生ってかんじ。」

お前にだけは言われたくない。王子どころか魔王みたいに身長も伸び、野球を辞めて芸能関係の仕事を始めてから爽やかさよりもきらびやかな遊び人オーラがだだ漏れじゃないか。
いつの間にかピアスも空いて、いい意味では華やかでそれを圧倒的に上回るチャラチャラした人を誑かす色気がある。

つまり弟の教育上良くない、害悪だ。
ハリウッドセレブの豪華絢爛な私生活に憧れるが、パパラッチやインモラルなスクープを見ると近寄りたくはない、まさにこいつはそれ。

「昔は耐性なくて背後から抱きしめるとよく鳴いてくれたのになあ……今やかわすくらいに立派に成長しちゃって寂しい。」

確かに後輩のくせに馴れ馴れしく触る神林に奇声をあげていた。自分の許容量を遥かに上回るコイツを理解出来なかったからだ。
愛人騒動で親が離婚したせいか、中学の俺は潔癖だった。でももう今の俺は違う。

「先輩、いきなり兄を増やしてすみません。」

「ヒメ好きだからいいよ。」

雪彦が俺に関して謝るのも傷付くが、神林が雪彦の前髪を掻き分けるのが何より俺の心を乱した。

「神林、弟に近付くなっ!」

俺と雪彦の扱いを明らかに使い分けている。俺は雑だが雪彦への態度は優しい。勘ではなく、野球部だった頃の神林が女子に囲まれても交わしながら彼女に向かっていたことがある。
勿論タイプも性別も違うが、雪彦がその彼女と妙に重なるのだ。

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