《MUMEI》

下校時間になった。
用事も無いから真っ直ぐ帰ることにしよう。
…そう言えば今日、アイツと会わなかったな。
どうでも良いことを考えつつのんびりと歩いていると、途中にある公園に同じ学校の制服を着た女子がいた。
右手に大きなリストバンドを着けている。
…確か、永江だったかな?
見ていると、永江はベンチに座りこんでリストバンドを外している。
気になったので少し観察して見ることにしよう。

永江はカバンからカッターを取り出して、右手首を見つめている。
…リストカットでもする気か?
そう思っていると永江は全く躊躇せずに手首に刃を突き立てた。
「……っ!」
思わず声が出てしまった。
すると、そこまで大きな声でも無いのに永江が真っ直ぐこちらを向いた。
目が合う。
しばし硬直。
永江の顔が一気に赤くなる。
怒っているようにも泣きそうにも見える。
「み、見たね…」
「あぁ、見たよ」
隠れていても仕方ないので出ていく。
「…覗きは良くないよ?」
慣れた手つきで包帯を巻きながら言う。
「すまない」
「……分かればよろしい」
無駄に偉そうな永江だった。
しかし、自己紹介のときと感じが違うな。
「えっと…誰だっけ?」
名前分からないのに喋ってたのか…。
他人のことは言えないけど。
「中村だよ」
「…そう、中村だ。
おめでとう、君は私のリスカの初目撃者だ」
うれしくねぇよ。
「…しかしリストカットするなんて、なにか悩みでもあるのか?」
「……特に?」
無いのかよ。
「……強いて言うなら、友達が居ないことかな」
あるじゃん。
「…永江は普通に面白いから友達くらい出来そうだけどな」
「…ありがと。
でも私、情緒が不安定で…
結構変なことしちゃうんだ
だから人が寄り付かなくて…」
そのとき、思った。
こんなに面白そうなヤツを放っておくのは勿体ない、と。
「なあ永江」
「…なに?」
「友達にならないか?」
ストレートに表現してみた。
「嫌だ」
即答かよ…。
「何でだよ」
「…だって、もう友達に裏切られたくないし」
分かりやすい理由だった。
「大丈夫
似たような知り合いがいるから奇行には慣れてる
それに、孤独な女子には手を差し伸べずにはいられないからな」
我ながら変態チックな思想である。
引かれたかな…?
永江はまたも赤くなっている。
「…本当に裏切らない?」
真顔で訊いてくる。
「もちろんさ
神に誓おう」
どうでもいいけど俺は無神論者である。
「じゃあ…
……よろしく」
恥ずかしそうに俯きながら言う。

「じゃあ、俺帰るから」
「…うん、また」
「また明日な」
こうして初日から友達(しかも女子)をゲットした訳だが、やはり学校でアイツに会えなかったのが心残りだ。
どうせ明日は会うだろうけど。

夕食後、自室に入り携帯を開くと、アイツからメールが来ていた。
『僕もやっと由に追い付けたよ。
一年間、会える時間が少なくてすごく寂しかったΣ(ノд<)
でも、同じ学校なら一緒に過ごせる時間も増えるね
明日が楽しみです(^^)
ではノシ』
いや、しょっちゅう会ってただろ…。
まあいいけど。
ちなみにコイツ、律儀なことに毎日メールを送ってくる。
もはや習慣になっているスルーをして、今日はもう寝ることにしよう。

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