《MUMEI》

先輩が掴んだ腕を離してくれない、その触れた所から汗が滲む。

「細いタイが欲しいな。」

「はい!!」

開口一番に驚かされた。

「誕生日プレゼントね、次に買いに行こう。」

また約束が増えた。
手帳に先輩の服装以外の文章で埋まるなんてまだ現実味が湧かない。

「はい。」

「俺は何色が似合う?」

「先輩なら何でも素敵です!」

「ええ?それ一番困るやつだよ。メガネ君ならリボンタイだなあ。紺色がいいかな?」

俺の首元をまさぐる先輩の手が、視線が、色っぽくて心臓が爆発しそうだ。

「ふんっ……!」

「なんで歯ァ食いしばってんの?」

動物をじゃらす手つきになった、ふざけているのだろうか。

「ふん!ふんっ……ふんっ!」

声が漏れないように鼻息を荒らげた。

「ちょっ……、可愛いよ。それ!」

「……ふんっ!」

頭から火を吹きそうなところを先輩に抱き寄せられる。

「学校が無かったら、泊まって欲しかった。友達同士でお泊り会ってやらなかった?」

「友達同士……!」

俺って、先輩の友達になれたんだ……幸せだなあ。

「嬉しい?だったらいいな。メガネ君って癒しだよ。再来週まで会えないね、電話は出られないからメール頂戴。一日最低三回は欲しいな、お願い。
約束しよう指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」

お願い……、こんな朗らかな笑顔で頼み事されたら断れるはずがない。
額が付きそうな距離で、先輩の整った眉や、首の隆々たる筋糸に惚れ惚れした。
誰もが一度はこの無駄の無い体躯に心奪われるのだ、一時期は部内でもプロテインやらサプリを飲んで腹筋競争なんかが流行したが、俺はすぐに筋を痛めて挫折した。

自分の体に負担がかからないように、無理の無い鍛え方を毎日の積み重ねることが大切だって先輩が御教示してくれたのも良い思い出だ。
毎日の先輩の積み重ねていたトレーニング量は膨大なものだった。小さな頃から少しずつ少しずつ陰ながら努力をしていたのだろう。
それを鼻にかけずにさらっと簡単にやってのけるように見せる姿が本当にカッコイイ。
今だって辛いリハビリに通いながら、学校とモデルの仕事とを両立している。
しかも、忙しいのにわざわざ俺の為に貴重な日曜日を空けてくれる。

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