《MUMEI》

「千羽様……」
「大丈夫だから。泣くな」
「でも……!」
「お前に泣かれると俺が困る。俺を、困らせたいのか?」
多少なり、意地の悪いモノ言い
華鶴は咄嗟に息をとめ、涙をぐっと堪え始める
「……千羽様が困ってしまうのは、嫌です」
その為に我慢してくれている華鶴の様に
扇は漸く表情を和らげる事が出来ていた
「ありがとな。華鶴」
礼を言ってやり、扇は立ち上がると身を翻す
何処へ行くのか、との問い掛けに
だが扇は詳しく返す事はせず、僅かに笑みを浮かべるだけで外へと出ていた
「……そんなナリで何処行こうって言うんだよ。お前は」
出るなり多々良に出くわし、思い切り怪訝な表情を向けられる
扇は誤魔化すかの様に子供の様な笑みを浮かべて見せ
そのまま多々良の横を通り過ぎようと試みる
「……待て、コラ」
やはり見逃してはくれない様で
襟ぐりを掴まれ脚を止められる
「……お前は、少し位大人しくしようとか思わねぇのかよ」
呆れた様な多々良の物言いに、扇は返す言葉がなく
あからさまに顔を逸らして見せる
「……ガキ」
そのしぐさが子供の様だとでも思ったのか
多々良は溜息をつきながら、扇の肩へと手を置いていた
「ま、お前の事だから俺がどれだけ止めても行くんだろうが」
途中、多々良は言葉を区切り、改めて扇を見据えながら
「あのガキが、そんなに大事か?」
着物の袷を引きよせ、睨みつけながら問う
扇は答える事はせず、着物を掴む多々良の手をやんわりとどけると
後ろ手に手を振ってみせながら歩く事を始めた
探しに行かなければ、と頭では考えているのに
何処を探せばいいのか、皆目見当が付かない
「何だい、千羽。その草臥れたナリは」
当てもなく歩く最中、とある商店の前を通りかかった折
ソコの店主に声をかけられた
どうやら馴染みの店の様で
千羽は一旦脚を止め、ひとつ溜息をついていた
「アンタって、相っ変わらず老けてるねぇ。何だか最近益々老けこんだんじゃないのかい?」
「……余計な御世話だ」
物いいに引っ掛かりを感じないわけではなかった
だが今はどうしても言いあう気にはなれず、唯一言短く返すだけ
その様に、何か異変に気付いたらしい店主が徐に扇の襟を掴み上げ
半ば強制的に店へと引っ張りこんでしまう
「……何すんだよ。お前は」
「闇雲に歩きまわったって探し物は見つかりゃしないよ」
扇が何かを探している事に気付いているのか
兎に角落ち着け、と有無を言わさず扇を長椅子へと座らせた
茶を勧められ、扇は取り敢えずそれを飲み始める
「少しは、落着いたかい?」
飲み終わるのを見計らい、声をかけてくる相手
扇は湯呑を返してやりながら一言礼だけを返し、また立ち上がる
落着きがないにも程がある、と相手は溜息をつき、そして
「千羽。折った紙は常に同じ形では居られない。良く覚えておくんだね」
相手の助言のようなソレに
だがいまいち意味が分からず、どういう事かを表情で問うてやれば
「気付けば探しモノも見つかるだろうさ」
頑張んな、とだけを返された
それ以上互いに交わす会話はなく
扇は茶を飲み終えると一言礼を伝えそこを出た
折紙は常に同じ形ではない
一体どういう意味なのか
考えてみても何一つ解る筈もない
「……どうしろって言うんだよ!」
どうする事も出来ない自身がもどかしく八つ当たりに喚きながら
取り敢えずは自身を落ち着かせようと一度自宅へと戻る事に
「……せ、んば、さま」
丁度、屋敷の門前に差し掛かったのと同時
其処に何かがある事に扇は気付く
ソレはヒトの影
影の大きさから子供それだと知れ
そしてその微かな声は、扇には耳に馴染んだものだった
「……折鶴」
地に伏し、泣きそうに歪んだ表情で見上げているのは折鶴
その身体はどうしたのか、至る処の肉が削げ落ち
剥きだす骨を隠すかの様に色鮮やかな千代紙が宛がわれていて
一体、何がどうなっているのか
解らないでいる扇は暫く折鶴に手を差し出せずにいた
「……千、羽様。私は、恐い。私が、消えてしまう。千羽様の前から無くなってしまう……」
恐いのだ、と本当に泣きだしてしまい
漸く扇はその身体を抱く事をしていた

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