《MUMEI》

 「今晩和、可愛い人。今宵、私と踊りでもいかがかな?」
月明かりが仄かに明るい夜だった
自室のカーテンを閉めようと窓際に立った田上 まひるは
家のすぐ横に立つ桜の木、その枝に腰を掛けている人影に気づく
何故こんな処に、と当然に訝しむ田上へ
その人影は僅かに肩を揺らしながら
「怪しいものではないから、そう警戒しなくてもいい」
不審者が皆揃って口にする常套句
田上は関わらない方が得策だろうとカーテンを引けば
「ヒトの話は最後まで聞いてほしいものだね」
何故か背後から声が聞こえてきた
驚き、向き直ってみれば
息が触れそうなほど近くに、相手の顔があった
「!?」
「いい匂いがするね。食欲をそそる、血の匂い」
訳が分からない事をうわ言の様に呟きながら
相手は田上の手を取り、そして指に舌を這わす
「……!?」
「肉の味はまぁまぁ、だね。欲を言うともう少し肉付きがいい方がいいんだが」
仕方がない、と自己完結に納得する相手
一体、この人物は何をし、何を言っているのか
益々解らなくなり、怪訝な表情をして向ければ
相反し、相手は満面の笑みを浮かべながら徐に窓を開け放った
そして田上の腰を引き寄せると、そこから外へと飛んで降りる
ふわりふわり
踊りでも、との先の言葉通り、踊る様に下へと下りれば
見える目の前の景色に、田上はどうしてか違和感を覚える
見慣れている筈の景色
見慣れている筈なのに何かが違っていて
その違う何かが分からず、田上は戸惑ってしまう
「あら、ラヴィ。もうエサを見つけたの。相変わらず早いわね」
不意に声を掛けられ、田上は弾かれたかの様にそちらを向いた
其処に居たのは一人の女性。田上へと視線をむけると
まるで珍しい動物でも見るかの様にまじまじと眺め見てくる
「男は骨ばっていて美味しくはないわよ」
言葉も終わりに田上の顎を掴んで上向かせる
間近に顔が寄せられ
触れそうな程近くにある唇から漂ってくるのは血の、饐えたような臭い
噎せ帰ってしまいそうなそれについ顔を背けてしまった
「そういう君は?クイン・ローズ」
「私?中々美味しそうなのが居なくて。まだ探している処よ」
「君は舌が肥えているからね」
「そう?あなたほどではないと思うけれど」
嫌味な笑みを浮かべながらクイン・ローズは田上の方を見やり
何かを含ませたような物言いに、ラヴィと呼ばれたその男は無い表情を返す
無言のソレにクイン・ローズは肩を揺らし
「まぁ、お祭りは始まったばかりだし。飽きたら別の餌をほかの奴から奪えばいいんだものね」
じゃぁね、手を振りながらその場を後に
後に残された二人
今現在の状況が舞ったく理解できていない田上は
どういう事なのかと、ラヴィの方を見やった
「イーティン・バニーは満月の夜、それぞれお気に入りの人間を喰う習慣があるんだよ」
「イーティン・バニーって……」
「今夜はイーティン・バニー達が集う祭りの日。この街の人間たちはその為の馳走だ」
問いに対するソレではなく
だが聞くに信じ難いそにお言葉に、田上はラヴィの方をまた見やった
「エ、サって……。俺等を、喰うって事か?」
つい震えてしまう声で問うてしまえば
穏やかな笑みを浮かべ、ラヴィはゆるり頷いて返す
「人を喰らえばまた百年。私達は生きながらえる」
その為に人を喰うのだと、また呟きながら
ラヴィは徐々に田上との間合いを詰めていく
逃げなければ
そう頭の奥では理解している筈なのに
身体がまるで麻痺してしまったかの様に動かなかった
「た、助、け……っ!」
口から出たのは、無意識の、助けを乞う声
その訴えに、ラヴィは薄い笑みを浮かべ、田上へと伸ばしていた手を停めてやる
「……ヒトというのは、やはり強欲だ。何故目の前の死を受け入れようとしないのだろうな」
死ぬ事は、恐い
自身が事切れる瞬間は一体どんな感覚なのか
否、感覚など無いのかもしれない
様々な事を考え、それらが堪らなく怖いと感じてしまう
「恐がる必要はないよ。ほんの、一瞬だ」

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