《MUMEI》

「……ごめん、なさい、千羽様。私、恐い……。折神様が、恐いの……」
「解ったから。もう、何も言うな。折鶴」
嗚咽がひどく、引きつけを起こし掛けている
何とか宥めてやろうと、扇は更に強く折鶴をだいてやり
そのまま、華鶴を呼んでいた
「お呼びですか?千羽さ……!?」
応える様に出て来てくれる華鶴
扇に抱えられている折鶴を見
その姿に、動揺で身を震わせ始めてしまう彼女へ
「床を用意して貰っても大丈夫か?」
努めて穏やかに言って向けてやる
その扇の気遣いを感じ取ったのか
華鶴は努めて普段通りに、支度をして来る、と扇へと一礼
屋敷の中へと入って行った
「千羽様、わた、し……!」
「ここなら、大丈夫だ」
未だに震えるばかりの折鶴
扇は宥めてやる様に何度も言って聞かせながら床へと就かせてやる
暫くして折鶴の身体から力が抜け
同時に穏やかな寝息が聞こえてきた
眠る事が出来てよかった、と安堵に肩を落とす扇
すぐ傍らに控えていた華鶴を徐に呼ぶと、隣へと座る様手を招く
「……平気か?」
華鶴も同様してしまっているのか、その身体は小刻みに震えてしまっている
少しでも宥めてやろう、と扇はその身体を膝の上へ
「……折鶴様――!」
華鶴の嘆く様な声が、耳に痛い
どうなってしまっているのか、どうすればいいのか
ソレが、全く分からない
最早解らない事が解らなくなりそうで
冷静を装いながらも、扇は苛立たしげに舌を打った
「申し訳、有りません。私、は折り鶴であった筈なのに、何も知らず、何も解らず……!」
無知な自身を華鶴は責めてしまう
両の手で顔を覆い、何度となく謝罪の言葉を呟く華鶴へ
扇はその手をやんわりと解いてやり、微かに震える唇へと自身のソレを重ねてやる
「……千羽、様」
「お前は本当に、家内そっくりだな」
扇の役に立ちたい、けれど何の役にも立っていない、と
十年前、病に没した妻もそう言ってよく気に病んでいた
華鶴はその時扇が折った千羽の鶴、その願いがヒトの形を成したもので
扇の願いを叶える事が出来なかったこと
この心優しく、儚い程脆い鶴は今に気に病んでいるのだ
「……無茶な事だけは、してくれるな」
放っておけば、自身の身を危険に晒す事もきっとこの鶴は厭わない
扇は、それだけがひどく気掛りだった
「……千羽様は、優し過ぎです」
「華鶴?」
「……いっそ、役立たずだと、そう仰って下されば……!」
こんなもどかしい思いをせずにすむ、諦めも着くのに、と
扇の言葉、その中に満ちる優しさに甘えてしまいそうになるのを
華鶴は懸命に堪えるばかりだ
「……俺は、あまり言葉が上手くないか?華鶴」
僅かばかり困った様な表情を浮かべて見せる扇へ
華鶴はそうじゃない、と懸命に首を横に振る
その内に感情ばかりを持て余し、その眼には歯痒さに涙すら浮かんでしまう
「……千羽様。私、は……!」
何かを言おうと口を開き掛けた華鶴を扇は抱き
背を宥める様鬼撫でてやる
その身体は抱いてみれば扇の腕が余ってしまう程にか細く
どれ程の公開をこの身体で背負ってきたのだろうと
考えて、そして居た堪れなくなる
「……私は、助けたかった。奥方様も、折鶴様も!」
「助けてくれてただろ」
「嘘です!」
扇が言い募れば言い募るほどに
華鶴は頑なに自身を責め続けてしまう
「助け、られなかった。私、は……」
瞬間、華鶴の姿が霞掛る
辺りに散り始めた彩り、その中に紛れ消えてしまいそうになるのを
扇がその身体を強く抱きしめた
「千羽様……」
「これだけは叶えてくれ、華鶴。……俺の傍から、居なくなるな」
それだけが、今切に望む事
もう、誰も失いたくなど無いのだと、華鶴の肩口に顔をうずめ
扇は小刻みに身体を震わせていた
「……華鶴。俺はお前が思う程、強くない」
「千、羽様……」
ソレは、華鶴が聞く、扇の始めての弱音
気丈に振る舞う事が常であった主の弱々しいその姿に
華鶴は自身の存在がすぐ傍にあるのだと教えてやるかの様に強く抱いて返す
「申し訳、有りません。千羽様。……華鶴は、強く在ります。千羽様のずっとお傍にで」
華鶴の眼の奥に見える、強い意志
縋ってしまう己を情けなく思いながら

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